※翔春
※姉弟恋愛


「春歌」

「どうしたの?」

 俺が名前を呼ぶと春歌は小首を傾げた。

「名前呼びたかっただけ」

「そっかぁ。私もそういう時あるなぁ」

 そう言って彼女がさっきまでやっていた課題に再び取りかかるのを確認して、音にならないため息をついた。

 彼女を春歌と名前で呼ぶようになったのはいつだろうか。最初はお姉ちゃんなんて呼んでいたのに。
 何年前とかは覚えてないけど、確かなのは俺が春歌を女性として見始めた時だろう。
 きっかけは特にこれというものはない。くるくる変わる表情に、俺よりも少しだけ低い身長に、高めのソプラノの声に、自分と違う体つきに、いつからか女を感じる様になった。

 俺と春歌は姉弟で。そんなことはわかっていたけど認めたくなくて、普通の友達とか、あるいは恋人みたいに名前を呼んだ。アイツもそれを怒らなかったし。

 一度、"私、お姉ちゃんだよ!?"と言われたことがあったけど、それでも俺が春歌と呼べば、"何か、翔君に名前呼ばれると嬉しいから、春歌でいい"と微笑んだ。
 それを見て可愛いなんて思ってしまって。それが恋だと気づいて。

 けど、名前を呼んだところで俺と春歌は姉弟だ。その事実は覆されることなんてない。
 姉弟じゃなかったら良かったのに……。何度、同じことを願っただろう。もう、数えきれないくらいだ。

「翔君……っ」

 いきなり呼ばれて顔を上げたら、泣きそうな春歌と目があう。

「春歌……!?」

「……っ、私がお姉ちゃんでごめんね…」

 大粒の涙を溢しながら春歌が部屋を出ていく。
 俺にはそれがスローモーションの様にゆっくり見えたのに引き留められなかった。

 扉がしまる音で我にかえって考えた。さっきの姉弟じゃなかったらというのが、どうやら声に出ていたみたいだ。
 俺、馬鹿だ。冷静にそんな言葉を喉の奥にしまうと、上着を羽織って外に駆け出す。
 行く場所なんて決まってる。わかるんだ。生まれてからずっと一緒だったんだぜ。


「やっぱりここにいた」

 少し走って着いた場所は小さな公園。昔はよく二人で遊んだ場所。ずっと前から彼女は落ち込むとここにいる。そこのブランコに春歌は腰掛けていた。
 彼女は俺の顔を見るなり顔を隠す。また泣いてたんだと思うと、胸が痛かった。

「ごめん」

「……」

「でもさ、訂正はしない。俺はお前と姉弟じゃなければ良かったと思ってる」

「っ!」

 春歌が、ばっと俺を見て、涙でぐちゃぐちゃの顔を更に歪めた。

「気持ちわりぃって思われても、俺は姉弟じゃなくて、女としてお前が好きなんだ」

 自然と口が動いて言葉を紡いだ。不思議なぐらいスムーズで、自分でも驚くぐらい。

「だから姉弟じゃなくて春歌と出会いたかった」

「…しょ、お……」

「ごめんな。…もうこんなこと言わないから、想ってるだけは許してくれ」

 春歌からの返事が怖い。今更だけど、口をきいて貰えなくなったり、避けられるのは嫌だった。
 でも、そんな心配はいらなかったんだな。

「…良かった。私のこと嫌いじゃなくて。あのね、私も、翔君のこと…………


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