虹村先輩は彼女のことをよく知っていた
あまり知られてはいないが幼馴染みらしい
先輩は妹のような存在だと言っていた
彼女の先輩を見る目はとても
―とても優しかった
「 先輩 帰ろ? 」
「 あぁ、 ちょっと待ってろ」
彼女が先輩と帰るのはいつものこと
このやり取りも見慣れたものだ 片付けの終わる前か後になると体育館に訪れるから もうそんな時間か、なんて時計を見ずに分かるようになったくらいだ
彼女の家は先輩の家と近くて、幼い頃から一緒だったと言う
黒子くんの言った言葉が頭の中で谺(こだま)する
彼女の想い人とは先輩のことなのだろうか
「 おい 黄瀬 」
「 へ? 」
「 何、ボーッとしてんだよ 」
話し掛けて来たのは青峰っちだった
「 お前 あいつのこと見すぎだろ 」
青峰っちは少々呆れた様子だった
「 そうッスか? 」
「 あぁ あんまり深入りすんなよ 」
あいつ ちょーこえーから
「 誰が 怖いって? 」
「 Σうわっ びびらせんなよ 」
彼女がそこにいた
「 こえーだろ お前 今日は酷かっただろうが!! 」
「 あれは君が悪いよ どうみてもね 」
「 違ぇーよ 」
「 何したんスか 青峰っち… 」
青峰っちが何をしたのか知りたくなって俺はそう言った
「 青峰は私のとっておいたイチゴメロンパンを事もあろうに私の目の前で食べたんだ 」
彼女はひどくお怒りのようだ
その様子を見て青峰っちは汗を垂らしていた
何らかの制裁を受けたのだろうか
「 帰りに買ってやるからそれくらいにしとけ 」
先輩がやって来て彼女の頭にポンと手を置いて言った
「 ……カフェオレも 」
「 はいはい 」
二人のやり取りを見て思い浮かんだのは
「 兄妹みたいッスね 」
「 黄瀬 ドンマイ 」
青峰っちはそう俺に言った
「 どういう意味っスか 」
青峰っちが何故そう言ったのか俺には理解出来ず考えていると
「 ほぅ… 君は 本当に馬鹿だな 」
そう言った彼女はぐいぃーと俺の頬をつねった
「 いっ痛いっスよ 」
仮にもモデルの顔をつねるなんて
後にも先にも彼女くらいだろう
「 もう止めとけ 黄瀬の顔が可哀想だ 」
俺自身じゃなくて俺の顔が可哀想って …先輩酷すぎる
「 …む 」
彼女は俺の頬から手を離した
それが彼女の手と触れ合った 最初の出来事
「 やはり君は気に入らないよ、 黄瀬涼太 」
そして彼女に嫌われた(…とっくに嫌われていたのかもしれない)最初の出来事だった