探望 1


 ようやく日差しが暖かくなってきたようだ。
 昼下がりの日を浴びながら、政宗は庭に面した縁側で足をぶらぶらさせながら、そう思った。
 のどかにこうしてひなたぼっこするのは、政宗の趣味ではない。なのに、どうしてこうしているのかというと、原因は隣にいる小さな生き物――愛のせいだ。先日田村家から迎えた妻、自分より二歳年下の十一歳。名前負けせぬ美貌の少女は、先程から絵を描いている。政宗が部屋を訪れる前から描いていたので、そのまま続けさせたのだ。口下手というか、おとなしい愛とはあまり会話が成立しないので、政宗としては退屈には違いないがある意味でほっとしていた。
 彼女がここにきて二ヶ月がたつ。初めて見たとき、政宗は本当に生き物かと思ったが、この二ヶ月間で同じ台詞を何度繰り返したか知れない。問題というか、理解が及ばないところが多すぎる。
「よく飽きねえな」
 愛が描いている牡丹。庭先で白と赤の牡丹を一株ずつ、つまりは対になって植えられている。これは政宗の師である虎哉宗乙禅師からの贈り物なのだが、蕾がついたところで、咲くにはまだ時間がかかりそうだ。
「同じに見えても、毎日様子が違います。ちっとも飽きません」
 愛はそういいながら、手は止めない。しかし、口元には笑みが浮かんでいる。
 寺にいるとき、gardeningが趣味の和尚が育てた植物にちょっかいを出し、その都度容赦ない警策の一撃を見舞われた思い出のある政宗は、とっとと愛の部屋の前に植えさせたのだが、愛はそれをとても喜んで毎日のようにこうして絵を描いている。ほとんど観察日記といった風情だ。
 政宗が理解できない事その一。愛は部屋からほとんど出ることなく、こうやって絵を描いたり、裁縫をしたり……、とにかくものすごくおとなしい。琴が鳴らないと、いないのではないかと思うくらいだ。
 喜多曰く、今時めずらしい姫君らしい姫君でいらっしゃいます。
 伊達家は母も乳母の喜多も、少なくとも政宗が知っている女は、武芸に長け、基本的におとなしくしていることができない。――しない、のではない。できないのだと政宗は思っている。口に出したことはないが。
 だいたい母など伝え聞くところによると、毎日腹筋と薙刀・弓の稽古は欠かさず、今もって若き日と変わらぬ美貌とproportionを保っている、らしい。
 父曰く、妊娠線など気合で消せるのじゃ、だってさ。よしさん、かっこいいねえ。
 伊達家は、気合とか根性という言葉が好きだ。しかし、それにも限界があることくらいは政宗も承知している。妊娠線が何たるかは知らないが、本来気合で消せるものではないことは理解できたし、愛はそんな人間離れしたことを逆立ちしても言いそうに無いし、しそうにないという意味では、悪くないと思う。
「……お待たせして、申し訳ございませんでした」
 かたんと筆を置く小さな音がして、愛がやっと政宗に向き直った。
「ああ」
 またいつもの会話が成立しにくいことによる、居心地の悪い沈黙のうちに時間を過ごさなければならないのだ。苛つきもあるが、それを愛にぶつけるわけにもいかない。思わずため息を吐くと、
「あの、こんなところでお待たせしてしまって……寒くありませんでしたか?」
 大きな眼が気遣わしげに、政宗を見つめていた。思わず愛と視線が合ったまま政宗は硬直し、呆然と愛のその白い頬が赤く染まっていくのを見ていた。
「ずっと気になっていたのですけれど、こうしてご一緒して下さるのが嬉しくて……でもやはりお体が冷えては……」
 言いたい事が溜まっていたのを思い切って口に出したのだろう。彼女なりに精一杯話そうとしていることはわかる。すでに耳まで赤くして部屋に促す様子が、気遣いが、くすぐったくなった。



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