婚礼 4


 こういう子どもはすぐに泣くものだと思っていたが、それほどでもないこと、そして素直な性質らしいことに、政宗はとりあえず安堵した。気を使わなければならないことに違いはないが、まあ許せる範囲内だ。
「それで?」
「え?」
「さっき何か言いかけただろ、何だ?」
 そういうと、愛姫は首を横に振った。
「どうしてよいのか、わからなかったのです」
「は?」
 愛姫がまた、衾の中で小さく体を縮めたのがわかった。
「言えよ」
 なぜか言うことをためらっているのを促すと、
「あの、仮祝言だから、本当はしなければならないことは、しなくてよくなったと、乳母からききました」
「ああ、そうだな」
「では代わりに、何かできないかと」
 代わり、と言われても政宗は困る。どう答えたものか考えかけたとき、
「でもどうしたらよいのか、わかりません。それに政宗さまとも、どうお話ししていいのかも、わからなくて、政宗さまがその……」
 語尾は小さくて聞き取れないほどだった。顔を真っ赤にして、何度か口を開閉させ、しかし言葉が出てこなくて慌てている。
 恥ずかしがっている、というのではない。本気でどう話していいのかわからなくなっているらしい。
「おいおい……」
 ひそかに自分が焦っていたことを愛姫に気づかれなかったことに、政宗は少し安心したのと同時に、驚いた。女とは、口やかましいというか、常に口が動いているものだと思っていた。
「落ち着け、そんな長いsentenceでもねえだろ」
 幼い頃、父はよく政宗の頭を撫でてくれた。そのときの手が暖かさに安心させられたことを思い出し、政宗は手を伸ばして愛姫の頭を撫でる。さらさらとした髪と、少しひんやりした肌が感じられた。
 愛姫はそれにも驚いて目を見開いていたが、拒否することはなかった。政宗がしばらく撫でていると
「うまくお話できなくて、申し訳ありません」
 それでもしばらく、愛姫は何か話そうとしてか中途半端に口を開きかけてやめるという動作を繰り返し、更にそのつど慌てるという謎の行動を続けた。
 大して口がうまいほうではないのかもしれない。どうやら何か話そうとして、どうしていいのかわからなくなっているらしい。
 政宗は驚きを通り越して、もはや途方に暮れていた。一寸先は闇というやつで、何が起こるか気が気ではない。ため息を吐きかけた矢先、
「あの、わたくし、やはりうまく話せませんので、政宗さまがお話して下さいませんか?」
「オレの?」
 いつの間にか落ち着いたらしい愛姫が、こくりとうなづく。
「どんな話を?」
 急に言われても困る。一体何を話せというのだろう。
 若干ぶっきらぼうな声になったが、愛姫は頓着せず、また右手の指を唇にあてて考え込んだ。
「えっと、政宗さまがわたくしをどう呼んで下さるか、とか」
 たしかにその話をさっきまでしていた。そしてまだ一度も彼女の名前を呼んでいない気がする。
「そうだな。fairじゃねえな」
 異国語に小首をかしげる姿は、小さく愛らしい――姫と呼ぶにふさわしいし、しっくりする気がするのだが、それは先程本人によって拒否されてしまっている。そもそも、仮にも自分の妻に姫呼ばわりもどうかと思う。かといって「お愛」も「愛さん」もしっくりこない。
「めご」
 ゆっくりしっかり発音してみた。もはやこれしかないと熟考した結果だが、存外しっくり馴染む。
「はい」
 期待を込めた眼差しを政宗に向けていた愛が、呼ばれて莞爾と笑う。
「いいのかよ、これで。つか、何笑ってんだ?」
「政宗さまは難しい顔して、わたくしのお願いを真剣に考えて下さいました。政宗さまがお優しい方で、嬉しいのです」
「優しい?」
 今夜は耳慣れない言葉を聞いてばかりだ。それも全てこの少女の口から。
 気を使っているのは事実だが、それは優しいというのだろうか。正直、出方わからないから様子見しているといっていい。この程度で優しいと判断するのは、単純というか早計というか、
「ガキなんだな、お前は」
 そういって、政宗は愛も頭をまた撫でてやる。
「もう寝るぞ」
 寝返りを打って愛に背を向けると、後ろで小さくおやすみなさいませ、と聞こえた。まもなく規則正しい寝息が聞こえてきて、政宗は再び体勢を戻す。
「本当にガキだな」
 まぶたがしっかり閉じられて、眠りを満喫している様子に安心して、政宗も目を閉じた。
 見た目の可憐さとは裏腹に、いろいろな意味で子どもで口下手で、今まで会ったことのない人種で、おそらくまだまだ扱いに困るに違いない愛。
 ただ、今日のところは不満なところはあるが、不快なところはない。妻としての実感も何もわかないが、うまくやっていけるかもしれないと思いながら、政宗も眠りについた。



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