婚礼 3


 そんな政宗がしばらくでも愛姫と、睨みあいとも探り合いともつかないことをしたのは、彼女の視線に自分が隻眼である事に対して人が示す反応――嫌悪感や、怖い物見たさという好奇心などが感じられなかったからだ。強いて感じるとすれば、初めて会う人間に対する戸惑いと、視線が合ったときに漂う恥じらいらしきものが漂っている、と思う。
 前者はわかるような気がする。
 政宗自身も少なくとも片目になってしばらくは、それを他人に気にされたり見られたりするのが嫌でたまらなかった時期がある。だから目の前の少女が人見知りであろうとも、それは性格の問題、仕方ないことだと思える。
 しかし後者は理解できない。
 そもそも視線があっただけなのに一体何に、もしくは何を、恥らっているのかわからない。そしてさんざん目を泳がせながら、しきりに何か考えたり悩んだりしている風なのに、またおずおずと政宗を見てくる――つまりは同じ事を何度も繰り返しているのだ。
 政宗としても困惑するしかない。一体彼女は何がしたいのか、何を考えているのか、さっぱり見えない。
 だいたい、目の前のこの少女は政宗にとって未知の生き物なのだ。「妻」も「年下の女子」も、今まで生きてきた中で接した事のないものだ。
 だというのに、やってきたのは動いているのが不思議なくらいの小ささと細さで、同じ人間なのか疑いたくなる小動物だ。一体どうしろというのだろう。
 いろいろ考えたが答えは出ないし、どうしていいかもよくわからないが、向こうが具体的に行動を起こさないなら、こちらから起こすしかない。
 そう思って声をかけたのだが、愛姫はなぜか衾の中に顔を隠した。が、まもなくゆっくり顔を政宗のほうに向けるのが、外に流されている髪の動きでわかった。
 謎の行動が気になって見ていると、ややあって愛姫は衾から目元を覗かせた。目が合うと、ぎくりと体を硬直させはしたが、目をそらすようなことはなかった。むしろ先程までが嘘のように、ひたりと目線を当てられ、政宗も動けなくなった。
 じっくり見ろといった手前、自分から目線をそらすような真似はできない。負けじと愛姫を見る――潤んだその目は、ほの暗い部屋の灯明でもきらきらと光っていて、彼女の美貌を際立たせているようだった。
やがて小さな吐息が聞こえたかと思うと、
「あの……若さま」
 誰の事を言っているのか、一瞬理解できなかった。普段から「若君」と呼ばれる身であるというのに、おずおずと発された幼い声ではいつもと響きが異なりすぎていた。
「若さま、な」
 確認するようにつぶやくと、愛姫が小首をかしげるような仕草をした。かわいらしい仕草だけに、先程の響きは子どもが頑張って礼儀を守ろうとしている風に感じられた。
「……ちっとも似合わねえな」
 小首をかしげたまま、愛姫は瞬きをしばらく繰り返す。
「あの、若さまでは、いけないのでしょうか」
 そういいながら、衾のなかで体を小さくしている。まるで怒られるのを覚悟しているかのようだ。
「いけなくはねえが……」
 まるで自分が苛めているようだ。本当にどう扱っていいのか、ちっとも見えてこない。
「それってオレがお前のこと、姫様って呼ぶようなもんだろ」
 どうせ苛めているようなのだから、せっかくなので、政宗は少し意地悪してみることにした。
「あ……えっと」
 愛姫はおろおろと視線を彷徨わせ、そのうちじっと政宗を見つめてきた。目が心なしか潤んでいるので、そのまま泣くのかと思いきや、静かな声で
「仰せの通り、です」
 この程度では泣かないらしい。もう少し苛められそうだ。
「オレも姫さま、と呼んだほうがいいか?」
 大きく首を横に振る姿は、やはり子どもっぽい。しかし、全力で姫様呼ばわりを拒否している。
「なら、違う呼び方を考えるんだな。姫さま」
 愛姫は目を大きく見開く。潤んでいるせいで、その大きな目が零れ落ちそうだ。しきりに瞬きを繰り返して、必死にそれを留めてるように見えて、おかしくなった。これから出てくる言葉への期待も込めて、政宗は口角を上げた。
 忙しなく瞬きをしていたものが、やがて回数が減ったころ、愛姫は右手の指先を小さな唇に当てて動かなくなった。どうやら考え込んだときの癖らしいと、政宗が観察していると、
「……若殿さま」
「さっきと変わんねえな、姫さま」
 予想範囲内だったため、政宗も即答する。
「……殿」
「さっきとどう違うんだ、姫さま」
 愛姫は小首をかしげていたが、右手は唇から離れていなかった。そしてまたしばらくして、
「……旦那さま」
 言った愛姫が赤い顔をしていた。恥ずかしかったらしいが、政宗は少し滑稽になった。自分たちの将来はどうなるかわからない。だいたい今夜とて仮祝言、正式に夫婦になったわけでもないのだ。
「二、三年早ええよ、姫さま」
 堪えきれず少し笑った政宗に、耳障りのよい声がした。
「……政宗さま」
 馴染みのある呼び名だからだろうか、幼いが綺麗な声でも違和感なく受け入れられた。
「Good!それだな」
「ぐ……」
「異国語だ、だいたいわかりゃいい」
「あ、はい」
 愛姫が静かにうなずいた。



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