お寺に泊まろう!14


 これを書いたヤツは書いているほどには経験がないのはともかくとして、少なくとも気遣いはできる人間であるような気はする。
 というのもこの手の書物は基本的には不老長寿、つまりは健康指南の本だ。だがやってることを考えると本源的には子を得るための行為のはず、つまりは子供についての記載もされているのだ。
「子が欲しければ、月の障りを待たなければならない(要約)」
 基本的すぎるが重要な事だ。しかしやはりこの続きの意味がわからない。
「その後、一・三日目にすれば男が、四・五日目にすれば女、それより後は精液の浪費である(要約)」
 実際そんな産み分けができるのかどうかはともかく、それで生まれてくる子の性別を決める事ができたら苦労しねえだろう。それこそ嫁の家など、その姫一人しかいないという話だが、そんな産み分けが出来るんであれば姫で生まれてこなかったに違いない。
ついでにそんな短い期間しかchanceがないわけねえだろ。それから、五日目以降はするだけ無駄ってどういうことだ。
 ただ萬海上人の生まれ変わりとか、夢枕に立った僧から授かった御幣が母の腹に宿って生まれたなど、自分の出生について幼い頃からいろいろ聞かされているオレとしては、子は神仏からの授かり物という気もしている。そういう意味では短い期間にすることしないと子が生まれないというのも、一種の神頼みと思えば納得いかないこともない、ということにしておいてもいい。
 だが一層納得行かない記述は、相変わらずまだ続く。
「夜半に身ごもった子は長寿、夜半前に身ごもった子は人並みの寿命、夜半過ぎに身ごもった子は短命(要約)」
 子の性別や寿命は親で決まるのか、そうか。
 実に面倒くさいことが書いてあると思ってはいたが、生まれてくる子の命運までが行為一つにかかっているかと思うと、実に面倒くさいものに思えてくる。特にオレのように家や家臣の命運まで背負う身としては、子の出来不出来というのも重要な問題だ。
 そう考えると父上は、生まれて間もないオレのためにわざわざ和尚を呼び寄せ、養育や教育には相当力を入れて下さっているのも、そういうことなのだ。和尚のcurriculumの良し悪しはおくとしても、父上はオレの持って生まれた資質をずいぶんかっていると改めて思う。
 しかしこれらの書籍を読むにつけ、実は父上はオレが優秀に生まれつくとわかっていたような気もしてきた。一度この書物について父上にも聞いてみるべきだろうか、とも思ったがやめた。返答如何によっては実に身も蓋もないし、何よりオレが幼い頃から聞かされてきた話はどうなる。
 頭を一つ振って、オレは再び書物に目を落とす。
「妊娠したら、女性は良い仕事をしなければならない。悪い事見たり、悪い話を聞いてはならない。性欲を抑え、口汚い事を言ったり口論してはいけない(要約)」
 女は身ごもってから産むまでの間があるわけで、その間にするべきことについてふれているらしい。しかし悪い事を見聞きしないように、とは難しいことを言うものだ。ついでに女ってのは口が達者と相場が決まっている、事実上実行不能ではないだろうか。
「驚いたり、疲れてはいけない。なまもの・冷たい物・すっぱいもの・辛い物は食べてはいけない。車馬に乗らず、高い丘に登らず、崖に寄らず、坂を下らず、急いで歩いてはならず、薬を飲まず、鍼灸も受けてはならない(要約)」
 ずいぶんと禁止事項が多い。だが驚いたり崖に寄ったりというのは、要するに体に負担をかけないようにすること、そして流産防止の配慮だろうと納得できる。
「全てにおいて心を正しく保ち、古典の朗読に耳を傾ければ、聡明で智恵がある子になる。これを“未生児を教育する”という(要約)。」
 外から悪いものを受け付けず、きちんと胎教しろと言いたいらしい。生まれる前から子を教育しなければならないとは、女も大変だ。しかしそれには女にも、古典の朗読に耐えられるほどの教養がないと、子は聡明に生まれないということにもなる。母がそこまでしていたかは知らないが、やってくる嫁が馬鹿ではないことを祈るのみだ。

2012/02/29 : 初出
2012/07/30 : 加筆修正



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