お寺に泊まろう!12


 まがいなりにもオレが理解に努めているが、思えばまだ床入りの作法もまだ読破できていないという事実に、ため息をつきたくなった。ここまで、といっても書物の量から考えれば始めの方なのだが、随分出鼻をくじかれてしまったものだ。
先が長いというのもさることながら、嫁相手にこの煩雑な儀式――そう、まさしく儀式をこなさなければならないかと思うと、我ながら先が思いやられる。
 しかしここで挫折などnonsenseだ。気を取り直して書物に目を落とす。
「お互いの気持ちが高まったら……女は足を開いて仰向けに寝て、男はその上に伏して女の足の間に跪く(要約)」
 なるほど、最初は正常位と決まっているらしい。先程からlevelの高い話が続いていたが、存外普通といえば普通。少し拍子抜けしたら、
「主要な体位は三十種、……基本姿勢が四つあり、あとは遊戯的な形がある(要約)」
 気を抜くのが早かった。
 三十種だと?しかも遊戯的……なんだそれ。そしてそんなにvariationがあるもんなのか。
 目を走らせると、一つ一つに名称がつけられ、説明書きまで添えられている。例を挙げてみると
「空翻蝶:男は仰向けに寝て、女は正面向いて、両足を床につけて男の上に乗る(要約)」
 といった具合で、きちんと三十種、正確には基本姿勢を省いた二十六について、全てこんな調子で解説が加えられている。
 空翻蝶――意味としては空を舞う蝶、といったところか。女を蝶に例えているのだろうが……何を思って蝶なんだ。他にもいい例えはなかったのか。
 オレはこのへんのnamingは解かりにくいと感じるし、遠まわしな表現すぎてかえって無粋な印象まで受けるのだが、まだまだこれは序の口だった。
「白虎騰:女はうつぶせて、膝を立てる。男は女の後ろに跪き、女の腰を抱く(要約)」
 白虎騰――はねる白虎、だろうか。わかりやすいといえばその通りだが、あまりにも直接的すぎるだろう。
 それでもって、なぜ例えが動物なんだ。ちなみにでてくる動物としては魚、馬、犬、猫や鼠などだが、
「吟猿抱樹:男は胡坐をかき、女はその膝の上に乗り両手で男を抱く。男は片手で女を抱き、もう片方の手は床に置く(要約)」
 吟猿抱樹――樹を抱いて鳴く猿ときたもんだ。男と女、どっちが猿でどっちが樹か、いずれにせよ無礼にもほどがあるし、つっこむ気にもならない。
 更に動物でも鳥が出てくる頻度といったらない、実に十種は鳥が入っているのだ。それもつばめ、かわせみ、おしどりなど、種類も多彩。なかには雀はなかったから、勘弁してやることにした。仮にあったとしても、竹と合わせでもしない限りは許してやらないわけにはいかないだろうし、だいたい和尚がそんなヘマをするとも思えない。
 他にも蝶や蝉といった昆虫だけでなく、はてには鳳凰などの想像上の生き物もいて、もちろん竜もある。
「竜宛転:女は仰向けに寝て、男は女の足の間に跪き、女の両足を女の胸につけるところまで押す(要約)」
 竜宛転――竜の舞、それともまだかまる竜だろうか。いずれにせよ、別に蛇でもいいじゃねえか、何を選り好みして竜なんだよ。
 気になる、というよりも気に障るから和尚に質問してもよかったのだが、やはり嫌な予感しかしない。答えてはくれるだろうが、竜は雨や水に関係が深いから濡れる濡れないとかいう話をされるだろうな、というのがオレの予想だ。しかし和尚はオレの想像を常に上回ってくる、それも悪い意味で。碌でもない変態的な与太話を聞かされるのが関の山だ、多分。
 ただ和尚が変態的な話をしたとしても、妖しい雰囲気だけは漂わなさそうだとも思う。他の坊主ではおそらくそうはいかないだろうから、和尚の人徳ということになるのだろうか。
 いずれにせよ、問題解決にはならない。忌々しさに思わず舌打ちした。

2011/12/31 : 初出
2012/07/30 : 加筆修正



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