お寺に泊まろう!10


 結局、和尚も喜多も大した怪我をしたわけではなかった。ただ和尚の顔面にはしっかり湿布が貼られていたが。
 喜多はみぞおちに一発きれいにキマったはずなのに、オレたちに混じって食堂で唯一音を立てて食べても良いうどんを、盛大にすすって――実に桶一杯分を平らげ、風呂をちょうだいして翌朝早く帰っていった。まったく嵐のような女だ。つっこむだけ野暮な気がしてきた。

 喜多が帰った後、オレは和尚の部屋に呼ばれた。喜多がいる間、和尚は終始無言かつ渋い表情をしていたが、部屋に行ってみると一層難しい顔をしてオレの前に数冊の書物を差し出した。
「婚礼の、というよりも婚姻の、心得、のようなもの、じゃ」
 妙なところにaccentがかかっている気がするが、それ以上の気になって思わず口をついたのが
「……和尚、喜多に負けたのか?」
 和尚は静かに一言。
「勝ってはおらぬからな」
 だから喜多の主張を受け入れた、ということらしい。
思えば和尚は女子供が相手でも容赦しないが、それは要するに誰に対しても平等に応対するという事だ。そういう律儀なところを、喜多も和尚を最終的なところで信じているのかもしれない。
「しかし若、拙僧がするのはここまで。あとは己で会得されよ」
 それだけ言うと、和尚は部屋からオレを追い出した。
 和尚としては勝ってはいないが負けた訳でもないと思っているのか、本当に教えることができないのかは定かではないが、これがぎりぎりの妥協なのだろう。
 そもそもどう考えても、女の云々など知るはずのない和尚にこういうことを聞こうとする喜多が間違っているし、犠牲を払ってまでオレに教えたいらしい「婚礼の心得」が、和尚の言う「婚姻の、心得、のようなもの」にどこまで反映されているのか甚だ不安だが、せっかくなので目を通す事にした。
 それらの書物の内容は、漢文で書かれているがそれほど難しいわけでもなかった。
書物を二つ読んだ段階で「男は陽で女は陰」とするのは共通していた。おそらくまだ読んでいないものも同じ観点なのだろうが、ともかくこの二つの属性の調和が肝要であり、きちんとした手順を踏み、お互いがお互いを慮り、特に男は女の心身の状態をよく理解し、男女が共に高めあわねばならないことが強調されていた。
 女にそれほど気を使わなければならないのかどうかはともかく、たしかにあれは共同作業なのだから間違ってねえ。
 だがこれは喜多の言う「婚礼の心得」とは違っているだろう。何よりもこれらの書物は医学書らしい事が察せられたが、所謂房中術のtextだ、どう見ても。和尚の言う「婚姻の、心得、のようなもの」とは言い得て妙だ。
 だが城に帰ったとき、喜多に首尾を聞かれたらどうしてくれるんだ、あのクソ和尚。
だいたいこれを自分で会得しろ、だと。相手の協力が必須としっかり書いてあるというのに、のっけから理論が破綻していて話にならない。そして、一応経験のあるオレにこんなもの持ってきても仕方がないだろう。
 かといって収穫zeroというのも業腹だ。役に立たないわけではないと思い直し、読みすすめるとより理解に苦しむところも出てきた。
「女がもつ陰気は無限だが、男のもつ陽気は有限(要約)」だあ?
 なんだこのunfairは。有限なのはともかく、男の方が体力は間違いなくあるし、へばるのは女の方が早い。なのに女の気が無限にあるとか納得いかねえ。
「だから男は女の陰気を取り込んで、精気を養わなければならない(要約)」だと?
 百歩くらい譲ってやって理屈はわかってやるとして、どうやって取り込むんだあれで。そして取り込めるのか。
 「九浅一深の突きを交互に繰り返すことで、女の気が吸収される。口をかぶせて息を吸い、唾液を吸い、それが胃に降りると陽気に変わる(要約)」わけねえ。
 「男は射精せずに、精力を蓄えるをよしとする。そうすると体によい(要約)」とは思えねえ。というか、できるわけねえぞ、そんなこと。
 しかしまだ無理難題は続く。
 「一度も射精せずに数十回の性交を行える人は、それで病気を何でも治し、長生きできる。何人もの女相手にできたら利益は増す。一夜に十人以上が最も良い(要約)」ときたもんだ。本当に実行したヤツがいたら、顔が見てみてえ。
 そしてこれを体得して実行できたとしても、嫁もまだ来てねえし初陣も飾ってねえオレがいきなり十人もの女抱えたら、悪い噂しかたたない。
 ついでに言うと、「一回も射精せず」なんてことしてたら子供ができなくなる事、そしてオレが不能呼ばわりされる事請け合い。しかしそれについてはまったくするなというわけではなく、回数を抑えろと言いたいらしく「十五歳の頑強な男は一日二回」といったような、回数制限がある。しかしそれについても「春の三日に一回、夏と秋は月に二回」だの、書物によって記述が違うのだから始末が悪い。どれが本当だ。
 いずれにせよ、これを体得する事はオレの不名誉にしかならないのは明白だ。
 この書物書いたヤツ、本当に経験あるんだろうな――と思ったところで、持ち主が一生女と縁のない生活を送る(はず)の和尚という事、そして和尚の教えが役に立たない、つまりは和尚の限界が見えるという珍現象が起きているという事に思い至って、笑いがこみ上げてきた。

2011/10/26 : 初出
2012/07/30 : 加筆修正



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