婚礼 2


 花嫁一行は、一刻遅れで到着した。城内がにわかに華やかな雰囲気に包まれる。
 大広間の正面上段には輝宗と義姫が、右手上座に政宗、続いて傅役の小十郎、そして重臣たちがすでに着座していた。
 静かな式だった。祝宴になるまで、関わりのない音一つ立てることが許されないのではないかと思うくらい厳粛さで、そして滞りなく儀式は始まった。
 花嫁が上座で座っている新郎政宗の正面に、乳母らしき老女の手に引かれてやってきた。着座したとき、胸に下げた護符がわずかに揺れるのが見え、政宗はそれを追う様に視線を上げていって、政宗は瞠目した。
 花嫁は、わざわざこの日のために誂えたはずの白小袖に白袿に身を包んでいた、とは言いづらかった――さすがに着られている、とは言わない。しかしどちらかというと、くるまれていると言ったほうが的確だろう。余りに小さい体つきだった。

――Don’t tell a lie!本当に二歳下か。

 政宗は呻きたくなった。身体が丈夫な人間に囲まれて育っている上、自身も人並み以上に体つきがしっかりしている政宗にとっては、目の前の人物がとても十一歳とは思えなかった。
 そしてそのまま花嫁の顔まで視線を上げたとき、うつむき目を伏せていた花嫁と目が合って、政宗はさらに瞠目した。
 髪は衣裳と対照的に黒く艶があり、その間から覗くやわらかそうな肌は雪のように白い。ふっくらした唇はほんのり桃色。長い睫毛に縁取られた目は、大きくそして潤んでいた。
 ――What’s this?本当に生き物か。
 美しい子。細い体とあいまって、動いているのが不思議なくらいだった。目が合ったのも一瞬、少女は白い頬を赤く染めてより深く俯いてしまったが、その仕草すら可憐さを覚えた。
 式の間、花嫁は身動きもしなかった。さっさと式が終わればいいのにと、政宗はこの窮屈な空間から自分だけではない人物を解放してやりたいという気持ちからそう思った。
 式が終わり酒宴になると、花嫁は乳母の手に引かれて城の奥へと移っていった。最初は多少ぎこちないながらも、それでもきちんと歩いて行ったことに、政宗はほっとしていた。
「噂には聞いていたが、ほんにお小さい。田村さまも手放すに忍びなかったであろう……」
 いつもなら言葉の端々に険を含んでいるはずの母の声が、少し呆けたような響きをしていた。
 あんな小さいのに、親元を離れてここまで来たという事実に、政宗は今更のように気づいた。あの細いのを喜多が苛めたら死んでしまうかもしれない、あとで喜多に釘を刺しなおさなければ……。
「綺麗な花嫁だ。政宗は果報者だな」
 父が満足そうにそう言って、母にも同意を求めていた。
 母はそのあと「花嫁が小さすぎるから、床入りは三年は罷りならん」といつもの険を含んだ声で宣言していたが、こればかりは政宗も同意した。初めて母の意見をありがたいと思ったかもしれなかった。
 一応床入りのやり方などは知っているし、女性経験もないわけではない政宗である。しかしさすがに子どもを相手にしたことはない。それにあの細さでは、それこそ壊れてしまうのではないだろうかと、心配していたというより悩んでいたのも事実なのだ。
 ついで花嫁が、親元から離れたことについて、政宗は改めて考えていた。
 あの小さな子が、見知らぬ土地にたった一人で来たのだ。
 それもあの細い体に田村家という重い物を背負って。
 婚姻とはそういうものだ、わかっている。
 しかし、自分が推し進めたこの婚姻の裏であの小さな少女は、一体どんな思いでこの地まできたのだろう。親元から離れることなどありえない政宗にはわからないが、きっと何度かすでに泣かしてしまったに違いない。
 いみじくも喜多に政宗自身が言った言葉だが、できるだけ優しくしてやらなければならないと、そう思った。
 渡り廊下に人々の談笑する声がざわめくように聞こえる。酒宴も酣なのだろう。
主役であるはずの自分も花嫁もいないのに人々が盛り上がっていることに、政宗は理不尽だという思いを強くし、舌打ちした。
 幼い花嫁のおかげで祝言はあげたものの、床入りはしないことになった。これは政宗も承知した。そこまではいい。
 しかし誰が言い出したのか、形式は形式、守らなければならないということで、政宗は花嫁のもとで一夜は明かさなければならないことになってしまった。断る口実もなく、こうして花嫁の部屋へ向かっているのだった。
 初陣こそ未だ飾っていないが、元服もして伊達家の惣領として育ち、女性経験もないわけではないし、何より人一倍立派な体格の政宗である。それが子ども相手に添い寝――頭痛がする思いだった。
 ――What have I done to deserve?何でこうなる。
 誰が言い出したのか覚えて置けば、あとでシメることもできたろうが、政宗は覚えていない。それは、床入り云々の話は母を中心に行われており、例によって母に関わることとして、政宗は聞き流してしまったためなのだが、話の流れも何もかもが理不尽に思えた。
 怒りをぶつける相手もわからず、理不尽な思いだけが募っていく。
 政宗がイライラしながら歩いている渡り廊下の向こう、手入れの行き届いた庭園には篝火がたかれ、まもなく花が開くであろう白梅の老樹と、まだ蕾もついていない桜の木を雪のなかに浮かび上がらせていた。どちらも婚姻が決まってから、花嫁の部屋の前にあるこの庭園に植え替えられたものだ。
 雪はやんでいるが、梅にも桜にも雪が積もったままで、より寒々とした光景に見えた。しかし、冷え込みが厳しいのは景色のためだけではないのだということに気づいたのは、花嫁の部屋に入ってからだった。
 冷え切った部屋に二つ並べられた寝具の側で、花嫁はひっそり座っていた。単のみの花嫁は、より小さく見えた。
「田村清顕が娘、愛でございます。よろしく、お引き回しのほど、お願い申し上げたてまつります」
 政宗が座ると、そうするように乳母に言い含められたのだろうか、少したどたどしく、しかし高くて聞き取りやすい声で口上が聞こえた。
 めご。かわいいという意味。
 すごい名前だ、しかし名前負けしていないのも事実だ。ただ、あの声を聞いた後では「めご」という響きは幼さを強調するもののようにも思えた。
「藤次郎政宗だ」
 政宗も簡単ながら挨拶をすると、愛姫は小さくうなづいた。
 それから促されて寝具に入り、乳母たちが部屋から出て行くと、政宗は横向きになって愛姫の横顔をまじまじと見た。意外に鼻が小さいこと、そして唇がきれいな薄紅色であることがわかった。
 婚儀の時のように愛姫は身じろぎもしない。しかし今回はその大きい眼を開けて、横目で政宗を窺っていた。何度か目が合ったことは、ほの暗いながら灯明の明かりがあるこの部屋では隠しようがなかったが、そのたび慌てたように愛姫は目をそらした。
 何回、それを続けただろう。
「こっち向けよ。じっくり見たらいいだろう」



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