お寺に泊まろう!9
いざ打ち合いを始めた途端、先程までの饒舌な二人が嘘のように無口になる。庭に警策と薙刀がぶつかる鈍い音が響き渡る。しかしそこまで本気でやっていない事も、まだお互い探りあいをしている事もわかる。坊主たちや時宗丸を見ていても、ゆったり湯冷ましなど飲んでいるのがいい証拠だろう。
オレの前にも湯冷ましと茶菓まで出された。即席なので、小麦をひいた粉をこねて蒸しただけの饅頭だが、それでもふかしたてのせいかうまい。
一応坊主と時宗丸に、喜多と和尚は一体何をどうしてこうなったのか聞いてみたが、
「婚礼がどうこうで、わからぬし知った事ではないって和尚さま言ってた」
という時宗丸の頭の悪い一言だが、他の証言もどれも似たり寄ったりだ。
時宗丸の言動は常にどうにも頭の悪さが目に付くが、これでpointは押さえていると思う。だが勉学が修行の一環であり、仕事でもある坊主たちがこれでは問題ありすぎる。 全員実は頭が悪いのかもしれない。和尚はcurriculumをどうにかした方がいい。
とにかく、どうやら喜多がオレの婚礼について和尚に何かきいたらしい事だけは察しが着いた。たしか寺に来る前にも心構えがどうとか言ってたが、本気だったのか。
だとしたら喜多も頭が悪い。和尚は博識だが、一生結婚しない人物に聞くほうが間違っているし、和尚としてはそれこそ「知った事ではない」としか言えないに違いない。
しかしそれでなぜここまで派手なpartyになってしまうのかわからない。まったく今日は馬鹿がうまく集まったとしか言いようがない。
オレの舌打ちと、薙刀の先端の竹刀が壊れ和尚の一撃が喜多の左肩を見舞ったのが同時。しかしそこでtimingよくgongが鳴った。すかさず和尚と喜多に、坊主たちが手ぬぐいや湯冷ましを持っていく。
「乳母殿、他にご所望は?」
「棍を」
喜多が持っていた薙刀を放り投げるのと、坊主が手渡すのがほぼ同時。喜多は肩を回しつつそれを手に取り、先程の無口が嘘のような舌戦を展開させる。
「以前より踏み込みが足りないのではありませんか、クソ坊主」
「そちらこそ反応が遅い、さすがにババアも寄る年波には勝てぬと見える」
「年の話はそのない髪を多少でもはやしてからおっしゃいませ」
「拙僧は髪がはえないのではない、そっておるだけじゃ」
「うるさいですわよ、このハゲ」
喜多が構えるのと坊主たちの撤収、時宗丸がgongを鳴らすのがほぼ同時。半瞬遅れて再び木と木が打ち合わさる音が響く。
坊主たちの無駄のない連携は普段の所作の賜物だが、こうした迅速な動きが、和尚と喜多がどれほど暴れようと人的被害を出してない要因の一つなのかもしれない。思えば坊主たちはあの短時間で、湯冷ましどころか茶菓まで用意したのだ。それはむしろ、この寺は和尚だけでなく坊主まで只者ではない事の証明とも言える。つくづくとんでもないところで育ったもんだ。呆れつつ横目で見ると、時宗丸も坊主たちもbattleを食い入るように見ている。
「老師さまが本気を出しておられる」
そう言いながら合掌までしているヤツもいる。
「老師さまと対等に渡り合うとは……」
坊主たちのそういう声は次第に小さくなる。
和尚は足に一撃、喜多は右肩と腕に一撃ずつくらってもまだ止まらないほどに白熱しているが、おもしろいことに打ち合えば打ち合うほど、その雰囲気は座禅して瞑想しているそれに近くなる。そのせいか、気がつけば湯冷ましや饅頭を食べる手が止まっていた。
ただどういう神経をしているのか、時宗丸だけは律儀にgongを鳴らす。坊主たちも弾かれたように急いで動く。
しかし今度は和尚も喜多も一言も発さない。先程の打ち合いの延長なのか、お互い睨み合ったままで、ひどく静かで、それでいて切られるような緊張感が場を満たす。再び坊主たちが引いても、二人は動かない。
こちらも呼吸することすら憚られるような張り詰めた静寂が続いたが、やがて二人は同時に持っていた棍と警策を放り出し、おもむろに和尚は喜多のみぞおち、喜多は和尚の顎に、渾身の拳を一撃お見舞いし――きれいに急所に決まったせいで、二人してぶっ倒れていた。
その昔ある師が悟らせるために三回叩いた、という話を聞いたことがある。禅問答も高度になると言葉が邪魔になる、ということらしいがまさかそれを全力で再現されるとは思わなかった。そもそも和尚が悟っているかどうかはわからないが、少なくとも喜多は和尚を本気にさせるだけの、言葉が不要になるほどの深い関係だというのは確かだ。
和尚もそうだが、喜多にも勝てる気がしなくなってしまった。大慌てで二人を介抱する坊主たちを見ながら、オレは盛大にため息をついた。
2011/10/02 : 初出
2011/10/26 : 加筆修正
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