お寺に泊まろう!8


 寺とは修行の場であり、勉学の場だ。料理や掃除だって修業であって、使えない物はさっさと捨ててしまう。つまり寺には古い物はなく、一切の無駄を省いた徹底した実用主義が貫かれている。
 だから、娯楽などというものもない――まあ倉にあった本のように、隠れた楽しみくらいしか存在しない。だからこそ、坊主たちはchanceがあれば見逃さない。
 例えば今日は、まったく時間に関係なく坊主が吠えた。例によって明国の言葉だ。
「ピアンツアンクーニャン ライシー!」
 この意味も最近わかってきた。「片倉姑娘 来襲!」――片倉女史の来襲。
 聞こえた瞬間、寺の坊主たちは写経していようが、法会の用意をしていようが、一斉に手を止めて音もなく走り出し、時宗丸も目を輝かせて後に続く。そういえば今日は喜多が着衣など、要するに必要物資を届けに来るとか言っていたことを思い出していたらオレは完全に部屋で一人取り残されてしまっていた。
 見ているとある者は水を汲み、ある者は湯を沸かし、ある者は厨に走り、ある者は倉に走り……寺じゅうを所狭しと動き回っている。唖然としていると、改まって「乳母殿がおいでです」と告げてきた坊主に案内されて、離れの一室へ向かう。
 喜多は女だし、寺に所用があるわけではないから、修行の場である寺ではなく離れに通されるのが通例だ。しかし渡り廊下からすでに緊迫した空気が伝わってきている。
 教育のため寺に放り込まれて幾星霜……というのは大袈裟だが。ともかく、オレは時宗丸たちとともに寺で様々な事を学んだ。
 和尚なりの帝王学なのだろうが、当初から何かにつけてSpartan trainingで行き過ぎと思われる事が結構あった。それでも和尚の意見や言い分が通ってしまうのが常だったが、それでももっとも和尚にたてついたり意見したのは、オレでも時宗丸でも、そして傅役の小十郎でもなく喜多だっただろう。
 和尚が山でcampの上、survival techniqueを伝授するといった時は
「ひとかどの武将となる御方に山で修行、あまつさえ野宿生活が必要なのですか?」
 その後の詳しい遣り取りは覚えていないが売り言葉に買い言葉になって、壮絶なbattleに発展し、結局掛け軸や障子を盛大に破いて、後始末をする寺の坊主たち全員から二人が怒られるという椿事となった。
 ちなみにその時、時宗丸は和尚を助けようとして逆に和尚の一撃を食らい、オレは小十郎に部屋から引きずり出されてしまったが、小十郎はその足で庭先の鉢植えの菊だったか芍薬だったかも一緒に保護していた。ちょうど小十郎は和尚に植物や庭のいじり方を教わっていた頃で、たしかにあれに何かあれば後日和尚が恐ろしいが、当時のオレは菊と同列かと多少腹が立ったものだった。
 歩を進めると、いつもなら坊主たちによって毎朝整えられている枯山水の庭がいつの間にか均され、それに面する廊下には和尚ご愛用の警策が置かれていた。
 警策だけではない、棍(木の棒)や木刀といったものまで、時宗丸と坊主たちがいそいそと並べているではないか。その背中は妙な期待に溢れて見える。
 坊主たちが「来襲」と呼ぶほど、和尚と喜多は会えば必ず喧嘩をしているわけでもないのだが、その後も拳で物を言わせる展開が何度かあった。あの事件以降はこの枯山水の庭が舞台になったため建物や人的被害はなくなったが、広くなったせいで一層派手なpartyになっているのは本末転倒だと思うのだが、最近では坊主たちも心得たものでこうして武器の支度から食事・湯殿の用意をし、時宗丸まで一緒になって楽しみにしている節があるのだから、何をか言わんやだ。毎回拳で語り合っているわけでもないから、準備が無駄になる事も往々にしてあるのだが……坊主たちはちっとも懲りていないらしい。
 だが時宗丸も坊主も楽しみにしている以上、将来人の上に立つ者としては寛容でなければならない。刃物は用意していないあたりまだ理性が働いているのだから、今のところは多めに見てやるべきだろう。
「政宗さま、ご壮健なご様子で何よりです」
 座るどころか、まだ障子を開けたところで部屋にすら足を踏み入れていない状態で、喜多が笑顔で声をかけた。
「お殿様もお東さまもお元気であらせられますし、普請も順調でございます。ご入用のものは雲水にお渡ししましたので、お受け取り下さいませ」
 早口でまくし立て、深く一礼すると喜多はおもむろに襷がけをして立ち上がる。
「では、参りましょう。私が勝ちましたら要求を呑んでいただきます故、お覚悟を」
 和尚も一つうなづいて立ち上がる。どうやら勝負に何かをかけているらしいが、嫌な予感しかしない。しかし一応事情を聞こうとしたときにはすでに和尚は警策、喜多は竹刀のついた薙刀を持って構えており、時宗丸のアホによってご丁寧にgongまで鳴らされてしまっていた。
 かくして寺のentertainment「ジジイとババアの本気」が火蓋を切った。

2011/08/24 : 初出
2011/10/26 : 加筆修正



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