お寺に泊まろう!7


 その後も和尚は感心している暇を与えてはくれない。次々にオレの前に食材を容赦なく積み上げていくものだから、ひたすらオレは無心に庖丁を振るうことになった。
 料理や庖丁の使い方をオレに伝授した、というよりは仕込んだのは和尚なのだが、最初から大根の桂剥きをさせるようなSpartan trainingだった。
 よく考えたらそんな状態でよく料理が嫌いにならなかったものだが、オレは庖丁を動かすのはむしろ好きな部類に属する。ああいう細かくて難しい事に挑戦するのは面白いと思える。
 そんなオレの隣では時宗丸が胡麻をずっとすり続けていた。飽きる事も文句を言う事もなく、ひたすら一つの作業に没頭している姿は感心する。
 これで大雑把なところが目立つ時宗丸も、案外こういう細かい単純作業はきちんとする。刀の手入れとかも同じ要領で、結構マメにやっているらしい。そういう意味では和尚は適材適所、きちんと役割を振り分けていると言える。和尚のこういうところは学ぶべきところだ。
 いろいろ感心している間にも、和尚と坊主たちはどんどん料理を仕上げていくせいで、油断するとオレの前に積まれた食材が減らないどころか増える有様で、必死に手を動かすハメになってしまった。それでも腹が立たないのは、オレ自身にもわからない。
だがいい加減手が痛くなってきた頃、ようやく食材はなくなった。
 改めて見回すと、質・量ともに一汁一菜を旨とする寺で出されるものとは思えない程の料理が皿に盛られており、それこそ寺とは豪勢な食卓を囲むことになっていた。
 時宗丸がすっていた胡麻は、葛で固めて胡麻豆腐になっていた。
 これはしっかりすらないとなめらかなものにならない。良い仕事をした時宗丸を、オレはいずれ主君となる人間として褒めてやるべきなんだろうが、どうも褒める気にならない。
 だいたい胡麻豆腐は寺の定番menuで、オレにとってはうまくて当然。だいたい時宗丸は胡麻をすっただけで、そのあとの葛で固める作業は坊主がしたに違いないから作った事にcountするのもどうかと思う。
 そもそも、今は目の前の食べ物の事で頭がいっぱいですと表情に出ているヤツを褒めたところで意味がない。
 その目の前の料理だが、オレが茹でた謎の物体――豆麺が使われている。鍋に無造作に放り込まれた挙句に煮込まれたはずなのに、今やどう見てもフカヒレの形に整えられていた。食ってみるとフカヒレそのものの食感。どうなってんだ、これ。
 他にもどう見ても貝としか思えない炒め物――貝の正体はキノコだった。
 どう食べても魚としか言えない蒸し物――魚は実は豆腐だった。
 どう噛んでも猪肉以外何者でもない揚げ物――肉と思ったら湯葉だった。
 ……などなど。寺で出てくる料理、つまり精進料理だから一切生臭は使っていない、はず。だいたいそういうものは厨で一切見なかったし、あれば匂いでもわかるはずだ。しかし見た目も味も食感も、肉や魚を使っているとしか思えない。出汁も昆布と椎茸からとっているし、さらには卵も使っていない。
 どこぞの寺では耳で空を飛ぶとか屁理屈こねて、兎を一羽二羽と数えて生臭と考えず食べているところもあるそうだが、そんな姑息なことをせずとも充分だ。
 食後の大根餅や点心――お菓子類は多少油っぽいものもあったが、徹底して生臭をさけているその姿勢は気持ちいいし、どれもこれもうまい。どうなってんだ一体、すげえ。というか毎日こういう食事を出せ。
 食堂では声はおろか音も立ててはいけない決まりだから、いつもと変わらず静かな食事ではあったが、オレの隣では時宗丸が必死に口を動かしているし、坊主たちも優雅な箸さばきで不断に箸を動かしている。和尚も和尚で箸を使って他を牽制するような真似までしながら料理を確保している。
 気がつくと全員が料理に舌鼓を打っている、というより食事をめぐる無言の争奪戦――うかうかしていると取り分などなくなってしまう、仁義なきbattleが繰り広げられていた。
 普段ならば全員に行き渡るように、なんとなく配慮しながら取るものなのだが、今日はそうした暗黙の了解がどこかに吹き飛んでしまったらしい。
 ここで争奪戦に参加してしまうのはcoolではないどころか、醜い・見苦しい以外の何者でもないと思ったが、時宗丸はともかく和尚や坊主の所作は争奪戦をしていてさえ優雅で、みっともないとは思わせないものがある。
 オレの視線に気づいたのか、実に挑発的にも和尚は鼻で笑ってみせた――上等だ、ぬるい戦は趣味じゃねえ。

 しっかり食べて満足いく戦果は得た。
 どれもうまかったが、これだけ肉や魚介に似せて調理できるということはつまり、それらの食材を坊主のうちの誰かが食べた経験がある事になりはしないだろうか。この疑問に気づいたのは就寝前だった。shit!
 もしかしたら和尚の挑発は、この事実から目をそらすためのものだったのかもしれない。いや、そうでなかったとしてもオレはまんまと挑発に乗せられてしまったのだ。まだまだ兵法にしても料理にしても、修行が足りない。
和尚を倒す道は険しそうだ。

2011/07/11 : 初出
2011/10/26 : 加筆修正



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