お寺に泊まろう!6


 和尚は勉学にしても教養にしても、非常に造詣が深い。ついでにうるさいだけあって掃除をさせても実際美しいし、庭いじりも相当な物だ。和尚にできない事はないのかもしれない。
 そんな和尚の寺に預けられたオレや小十郎そして時宗丸は、幼い頃からさまざまなこと――掃除からなぜかsurvival techniqueまで仕込まれたものだが、和尚のこだわりのせいで、どちらかというと嫌いになってしまった物のほうが多い。特に掃除なんかはオレも時宗丸も、そしておそらく小十郎も大嫌いだ。そのくせ他人に綺麗さを求めるという、思えば性質の悪い性格になってしまっているような気がする。
 ただ、何もかも嫌いになったわけではない。たとえばオレは料理が好きになった。
 まず寺で出る食事は量こそ少ないが不味いものはない。そして同じ素材でも煮たり焼いたり蒸したりで味が変わってしまうのも、一つの手間で食材が全く違う物に変化したりするのも面白い。それでうまければ自分も嬉しいし、他人を喜ばせることもできるし最高だ。
 だから和尚が襷がけして気合満々で、
「本日は明国の料理をお目にかけよう」
 と嬉々として声をかけてきたとしても、それが要するに料理をするから手伝えという意味だとしても、明国の料理とやらが気にかかったオレは和尚とともに厨に向かった。
「よろしいか、若。たかが料理、されど料理。食べねば人は生きられぬように、料理は生き抜く秘訣に満ちておりますぞ」
 わかったようなわからんような……。しかし気合に満ちた和尚の背は、厨に向かう坊主というよりも戦に向かう武将のそれに見えた。
 厨ではすでに坊主数人が湯を沸かしたり材料を揃えたりと、忙しそうに動いていた。
 和尚が厨の中央に仁王立ちすると、
「昆布と椎茸の出し汁はとれておるか?大根は細かくすり下ろすように。大豆は茹で上がっておろうな?それから……」
 矢継ぎ早に指示を下す和尚に、坊主たちは緊張感をもって機敏に動く。しかしこれだけ働いているというのにまったくの無言、かつ無音なのは若干不気味。ばたばたとオレたちに追いついてきた時宗丸の足音がやけに響く。そんな時宗丸も、そして和尚もオレも無視するかのように坊主たちは指示されたように手を動かす。
 不意に“其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く”という『孫子』の一節が浮かんだ。……生き抜く秘訣ってこれか?
 しかしその疑問を口にする前に、和尚はオレの前には半透明な細いものを、時宗丸の前にはすり鉢とすりこ木、そしてゴマをたんと積み上げて
「若、湯が沸きましたらこれを茹でなされ、あとで煮込みますから、柔らかくなりすぎないように。時宗丸は胡麻をすれ。心を込めて丹念にな」
 何だこれ、見たことのない物体だ。そして、そもそも和尚は何を作ろうとしているのだろう。だが厨の中央で仁王立ちし、黙って全体の動きを見ている和尚の姿は取り付く島もない。まさしく“動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く”。
 見れば時宗丸は、すでに胡麻をすりはじめていた。時宗丸の存外丁寧でしかも集中した様子に、オレも観念して作業を始めることにした。思えば時宗丸は何も考えずにすりこ木を動かすだけの作業だが、オレは茹で加減を考えなければならないのだ。
 何かを刻む軽快な庖丁の音と蒸気のただよう厨で、こうして謎の物体と対峙する――正直coolとは言いがたい、というより若干情けないかもしれないと思うものの、これでも料理、それも謎の物体が相手となるとかなりの集中力がいる。ただただ無心に鍋をかき混ぜていると、半透明だったものが次第に透明になってきた。ますますどういう物体なのかはわからないながら、だいたいの目星をつけて笊に取っていると、隣で和尚が豪快に鍋を返して炒め物をしていた。辺りには胡麻油のいい香りが充満していて、食欲が刺激されてきた。
 和尚は炒め物を手早く皿に乗せると、鍋には新たに昆布の出汁を入れて、様々な調味料を合わせていく。その所作は実に素早く鮮やか。思わず見入っていると、笊の上の茹で上がった謎の物体が取り上げられ、鍋の中に放り込まれてしまう。
「若。料理は素早さ、そして食材の準備と入れる順序が肝要。それを誤れば、どのように良い食材でも生きませんぞ」
 “動くこと雷震の如し、郷を掠むに衆を分かち、地を廓むるに利を分かち、権を懸けて而して動く”――動くなら素早く、食料を集めるなら手分けして、土地を広げるには人を分けて、よく見積もった上で行動する。まさしく今の和尚の行動はそういうことのような気がする。
 “先に迂直の計を知る者は勝つ、此れ軍争の法なり”――坊主に、しかも料理で兵法をこんな形で実践されるとは思わなかった。すげえ。

2011/06/18 : 初出
2011/07/20 : 加筆修正



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