お寺に泊まろう!4


 坊主どもの不正を暴き調べるには、まず山積みされている文書を分類する必要がある。せめて田畑と山とか、ある一定の分類くらいしておけよ、と言いたくなるくらいに結構量があるから、時宗丸に協力させようと声をかけた。
 しかし唸るような低い声で嫌がったので、生意気な、と思って振り返ると一冊の書物を食い入るように読んでいた。
 珍しい事もあるものだ。
 時宗丸はオレとともにこの寺で学び、今でこそ和尚の偉大さに触れて(本人談)、良家の子息らしい立ち振る舞いも教養もある程度に身についているし、書物も嫌いというわけではない。しかし基本的にはじっとしている事のできない性分で、一つの書物をじっくり読むなどという行為をあまりしない人種のはずだ。
 その時宗丸が必死に、食い入るように書物を読んでいる。気になって覗き込んでみたら、よく言えば格調高そうな、悪く言えば単調な漢文が並んでいた。
 時宗丸も漢文は一応読めるはずだが、そんな真剣に読むような内容なのだろうか。そう思って字面を追いかけ始めた所で二人の人間、それも男女がacrobaticに絡み合っている図が目に入って、思わず凝視してしまった。
 成実がかなりじっくり見ているおかげで、字もゆっくり読める。見たところ全体的な構図としては、漢字の羅列のなかに大きく大胆な挿絵――どうやら明国のエロ本のようだ。
 一体どういう目的で誰が持ち込み、ついでに誰が読んでいるんだか……まあ寺にある以上坊主が読んでいるに決まっている。書物の装丁を見る限り比較的新しそうだし、周りに同じような書物が何冊から転がっているところを見ると、それなりに長編なのだろう。全編にわたってこの調子なのだろうか。それはそれですげえ。
 書物の多さと装丁の美しさ等から推察するに、つい最近明国からの直輸入した可能性が高い。和尚も経典を取り寄せたり、父上も茶器などを購入された事もあるし、えてして贅沢品は明国から来るが、まさかこんなものまで紛れていようとは……。
 しかし、これはこれで土地証文と同じく坊主どもの不正の証拠になる。しかしせっかく読みかけたのだ、放り出すのも惜しい。辺りに落ちている本を拾って巻数順に並べながら、最初から読み始めた。
 巻数がばらばらに落ちているところを見ると、時宗丸は手辺り次第で適当に本を手に取り、絵を見ているといった風情だ。おそらく字を読まずに絵を見ているだけだろう。とにかく奴のpaceに合わせる気にならない。幸いにも、というのか。うるさい時宗丸がめずらしくおとなしくしているから、オレは最初の巻からじっくり読めるのはluckyと言うべきかもしれない。
 とりあえず落ち着いて読んでみるとstoryは、主人公は男。そこそこ良い家の坊ちゃんといったところだが、そのせいか金に物を言わせて官位すら金で買ってしまうし、不正がばれそうになっても袖の下を通して、何とか乗り切ってしまうといった具合――まあ要するにどうしようもない奴で、かつ女好き。
 そんなヤツにも正室、それもかなり良く出来ている嫁がいる。しかしそれにもかかわらず複数の、ざっと見ただけでも妾が最低三人。その妾たちはよく言えばfreedom、悪く言えばbitch、しかしどうしようもない主人公を手玉に取るような強かさを持っている、と言えなくもない。こういうfictionを真に受けても仕方ないが出てくる女たちが強烈過ぎて、オレの所に来る嫁がこういうのじゃないと良いとちょっと思った。
 そんな感想を持ちつつ読むと、目を引くのは設定ではなく、どう考えても股関節をはずさないと不可能な姿勢を描いている挿絵や、主人公が使用する一体何の用途や効用があるのかよくわからない七つ道具に、果ては所謂媚薬が登場したり――話の内容は実にエロいし描写が強烈で印象的だ。
 読んでいると行為の描写が詳細で、そっちに目がいくのはしょうがないとして。なかには『詩経』や『書経』と言った、四書五経からの引用らしき文章も目に入ってきて、それなりに格調高い文章になっているところもある。
 つまり字を読んでこそ、そしてある程度の知識があってこそ、隠れたエロさを味わえる構造になっているらしい。絵を見るだけでは真の面白さは味わえないというわけだ。
 単純な肉体的欲求に高度な知識を求めるあたりが、女人とは関われない事になっている坊主どもの需要に合っている……のかどうかは定かではないが、いずれにせよ寺にあって良い書物ではないだろう。
 証文と一緒に父上と和尚の前に並べてやろうか、とも思ったが、よく考えてみたらそれをした瞬間、オレと時宗丸がこの書物を読んだ事がばれてしまう事に思い至った。
「若君も、大人になられましたな」
と嫌味半分、面白半分のにやけた表情で言う和尚の顔が浮かんできた。
 不名誉ではないにしても、coolじゃねえような気がする。計画変更を余儀なくされた事に、舌打ちするしかなかった。

2011/04/20 : 初出
2011/07/20 : 加筆修正



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