お寺に泊まろう!3


 寺の蔵の内容は雑多で豊富だ。
 漆器から陶磁器、書物や水墨画の類まで。しかも出所は国内外問わない。それでもある程度整理されているのだから、大したものだ。そしてその雑多な中で書物だけとっても、種類は多岐に渡っている。
 経典はともかくとして、日の本の国のものに限っても『日本書紀』を筆頭とする六国史、『源氏物語』等の物語集、『古今和歌集』やら『和漢朗詠集』といった詩歌集もある。
 更に漢籍では『史記』を筆頭に『資治通鑑』に至るまでの歴史書、『論語』等の四書五経、さらには兵法書の類……数えるのも面倒くさいくらいだ。
 正直何に使うのかと思う。だいたい兵法書なんぞ寺にあっていいのか、坊主が知る必要があるのか……いろいろ疑問がわくが、和尚の組んだcurriculumには兵法もあったし、ついでにここにある書物も教材に使ったことがあるし、和尚直々に教授も受けた――つまり和尚はこの蔵にある書物全部に目を通している事になる。もはやmonster。
 全てを精読しているかは不明だが、少なくとも『資治通鑑』はしている、と思う。そうでなければ全二百九十四巻中で、たった一度しか出てこない「独眼竜」の下りを引き合い出してオレに語る事は出来ないだろう。一夜漬け出来る量ではないはずだが、仮にしていたとして最終巻近くの記述に当たるのは大変だったろうが、前日に首っ引きで書物を漁っている和尚、という図も面白いし、見てみたい気もする。まあ、あの和尚がそれを見せるような隙を作るはずがないだろうが。
 とにかくたしかに内容量を考えれば、よく整理された蔵だと思う。ただ、多少感覚がわからない。例えば漢籍の横に土地売買の証文が置いてあったりする。なぜだ。
 視界に入ったからよく見ると、内容は田畑の売り渡しに関するもの。近隣の百姓が土地を寺が買ったものらしい。ただそれが結構な量で積み上げられているのが気になる。せっかくなので何枚か目を通してみる。
 だいたい始めは四至(しいし)、つまり売り渡す土地の範囲が書いてあるが、「東は川を定む。西は石を定む。北は坂を下った所の竃を定む。南は坂を定む。」
とまあ、実に曖昧だ。わかるのか、そんなことで。そして、もう少し動かない素材を選ぶ事はできなかったのだろうか。百歩譲って田畑についてはこれでわかるという事にしてもいい。だが山の場合に至っては
「東は谷川を定む。西は尾根を定む。北はゆりを定む。南は滝を定む。」
ゆりが目印って、これでいいのか。わかるのか。しかしどれを見ても似たような内容なので問題ないのだろう、多分。そして、その続きは売り地が田畑・山を問わず
「右件の(田畑・山)は(名前)の先祖相伝の地たると言えども、要用有るに依りて現銭(金額)貫で永代を限りに寺に売り渡し申すところ、実証明白なり」
 先祖伝来の土地だけど、金が入用だから現金で寺に売った事は間違いありません――といったところか。
 だいたいどれもこう書いてあるから、きっと雛形があるのだろう。とはいえ金が入用とはあるものの、その使い道は一切書かれていないのは妙な話だ。こうなると字面通りに取るよりは裏があると思ったほうがいい。書面の最後を見てみると、一番新しい日付のものを例に挙げると
「天正七年己卯 正月廿日 孫衛門 花押」
 問題は孫衛門が誰か、ではなく花押だ。というかこれを花押というのか。単なる丸を書いただけ、略押に過ぎない。つまり、孫衛門は名字もなく字も書けない農民ということ、そしてこの書面は彼が作成したわけではないことがわかる。
 だいたい文字を書ける人間が、農民にいるはずがない。おそらく寺の誰かが書いたのだろう。和尚はかなりの癖字で、しかし本人は流麗だと思い込んでいる性質の悪さだ。まあおかげで見たら一発でわかる筆跡だが、残念ながら見つからなかった。おもしろくねえ。
 ともかく一体誰がやってるかわからないが、文字も読めない農民から土地を巻き上げるなり、買い上げるなりしている可能性はある。そうやって寺が土地を集めている、とも言える。
 我ながらまともな推測だと思う。しかしそうだとすると、坊主がめつい!
 もっと探れば高利貸しとか、地上げの証拠も挙がるかもしれない。
 「独眼竜」の記述が他にもないか調べてみようと思っていたが、せっかくなので坊主の悪事暴きに予定変更。面白い事になってきた。


2011/02/24 : 初出
2011/07/20 : 加筆修正




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