お寺に泊まろう!2


 寺の朝は坊主の雄たけびで始まる。
 正確に言うと寺の山門近くには鐘楼と鼓楼があり、それが時間を知らせるものになっている。朝は起床時間になると鐘楼で当番の坊主が鐘を鳴らし、経典の一節を読み上げることになっている。だが、この宿坊は寺でも一番奥まった場所、つまりは鐘楼からもっとも遠いところにあるはずなのに大音量で聞こえてくるのだから、その声量たるや相当だ。
 問題は経典をわざわざ明の言葉、つまりは外国語で唱えているせいで何を言っているのかわからないところだ。鐘楼の上で一人坊主が大音量で意味不明な言葉を叫んでいる――これを雄たけびと言わずして何だと言うのだ。
 初めてこれを聞いたときは事情を聞いていなかっただけに、すわ戦かと思って小十郎も時宗丸も飛び起きた。障子を開け放った先に鐘楼から声をあげる坊主が見えて、気が抜けたことと、時宗丸が呆然と「坊主が吠えてる……」と的確すぎる一言をつぶやいていたことをオレは克明に記憶している。だが時宗丸は覚えていないという。寝ぼけていたせいか、はたまた頭が悪いせいか――おそらく後者だ。

 坊主の雄たけびも慣れてしまえばこっちのもので、聞こえる前にはすでに顔を洗って身支度を整えられるまでになる。
 まず寺の朝は禅堂で座禅。
 まだ夜明け前だ。だが座禅を組んでいると、ひんやりした夜の空気から少し暖かく澄んだ朝のそれに変わるのが感じられる。呼吸のたび新鮮な空気が体に入り込んでくるようで、だんだん頭も視界もはっきりしてくる。
 視界が広くなったとところで、隣で時宗丸が船を漕いでいるのが見えた。もちろん時宗丸の肩には、景気のいい音とともに和尚の警策が炸裂していたが、そういう余計な事に気を取られたオレまで警策をちょうだいするハメになった。Shit!
 次は本堂のご本尊の前で読経。
 相変わらずド音痴のくせに声はでかい時宗丸につられかける。そもそも時宗丸は音痴という自覚がないくせに、読経や歌なんかも好きでたまらないというはた迷惑なヤツだ。だがこんなヤツでもrhythm senseは悪くなく、鼓なんかは結構うまいのだから世の中わからない。
 やっと食堂で朝食。
 粥一杯に一汁一菜、沢庵付き。がんもどきがうまかった。そういえば寺で出される食事でまずいものが出てきたことがない。だがやはり沢庵が謎。そして絶対的に量が足らない。せめて粥のおかわり自由くらいにすべきだ。
 今日は和尚が外出した。おかげでfree time。
 時宗丸は嬉々として山に行こうとしたが、あいにく雨が降ってきて、おとなしく書物でも読んでいるしかなくなってしまった。
 書物を貸りに蔵へ行く途中で坊主たちに会う。寺ではすれ違う時には、お互い合掌して一礼するのがrule。しかし一礼して頭を上げたときには、すでに自分のはるか後方を歩いている坊主の背中を見ることが多い。 初めて寺に来たときは、一礼してねえのかと思ったが違う。明らかに歩いているのに、走っているようなspeedなのだ。これに限らず基本的に坊主の所作は異様に静かで速い。
 坊主きめえ!という思いがオレには強いのだが、時宗丸は昔から「坊主かっこいい!」といって譲らない。
 そういえば一時は坊主になると言い張って周囲の者を困らせたが、コイツもいい年になって坊主になることは諦めた、と言うより身分を弁えて口にはしなくなったが「和尚のような人になる!」夢は捨ててない、と思う。
 たしかに和尚は教養人だ。異国の文書も読み書きできるし、礼儀作法から茶の湯や立華……およそ知らない事はないのではないかと思うほどだ。だが、その一方で健全な精神は健康な体に宿ると信じて疑わない人物でもある。オレたちが幼いころ和尚は裏山に連れて行ってcampをしたが、流れの早い渓谷で「魚をとってこい」と川に突き落としにかかるような、まさしく獅子は子を千尋の谷に突き落とす……とやらを地で行く人物なのだ。
 時宗丸は和尚のどの面が好きなのか聞いたことがないが、おそらく後者だ。だとしたら坊主ではなく修験者を目指したほうがいいだろう。しかし坊主か修験者かになったとして、時宗丸を一人で山に放したら数日で野生化してしまうだろう。とりあえず、頭の悪さをどうにかしないと話にならないと思う。


2010/12/31:初出
2011/07/20:加筆修正



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