(※骸+グイド。ミルフィに潜入する少し前。) 「本当に良いんですか?」 彼は窓の外の暗い空を見上げながら、独り言のように呟いた。 僕より10センチ近く背の低い彼の表情は見えない。 短い黒髪から覗く長い睫毛が、リズムを刻んで瞬きを繰り返す。 「ええ、良いんです。」 僕も独り言のように呟いた。 彼が何が良いのかを聞いているかは、分かる。そのことを聞く理由も。 数時間後、僕らはミルフィオーレに「レオナルド・リッピ」として潜入する。 今僕の横にいる小さな体を借りて、僕と彼の「二人」で。 即ち。頼れるのは彼の演技力と、僕の幻術と、本当に小さな奇跡のみ。 (これは、酷く危険で、無謀な計画だ。) 「もう決めたことだ。…今さら引き返す訳には行きません。」 窓の外を睨みながら呟けば、彼はチラリとこちらを見て、また窓の外に視線を戻した。 暗雲垂れこむ空は、一羽の鳥も飛んでいない。 「…あの人には、…本当に、何も言わなくて良いんですか?」 少し躊躇ったような、小さな声で問われる。(…本当に聡い子だ。) 僕は何も言わずガラス窓を押し開けた。それと同時に頬の横をすり抜ける冷たい風に、寒気がした。 星の瞬く空は綺麗だと思うのに、どうして今は酷く不安に感じるのだろう。 「…言ったところで何の意味も持ちませんよ、きっと。」 自嘲を含んだように言い放てば、彼はこちらを見上げずに遠くを見つめる。 木々に覆われているせいで町の灯りが一つも見えない、暗い空を。 僕の見つめる彼の視線の先は、小さく細く、頼りない背中。 少し力を入れて抱きしめただけで折れてしまいそうな、ボスとしては弱そうな彼。 ふわふわと笑う。泣きそうな瞳で戦う。優しすぎる男。 人と接することを嫌う彼が、唯一熱を帯びた眼で見ていた。 僕にはどう足掻いてもなれない、特別な存在。 あの人が亡くなったと聞いた時。悲しかった。苦しかった。…嬉しかった。 ずっとあの人に向いていた視線を、少しは自分に向くのではないかと思って。 でも彼は、泣くこともせず、ただずっと、あの人デスクを見ていた。 まるで、もういないあの人と誓いでもしているかのように。 愛おしそうな眼で、ずっと、拳を握りしめていた。 (…最初から、彼の心には僕の入れる隙間などなかったのですね。) 「……僕の、私情に巻き込んでしまってすみません。」 放った声はすぐに闇に融け込んで消えた。 それは本当に本当に小さくて、誰も気付かないような小さな光。 それでも彼はその小さな言葉の一つでも愛おしそうに、拾っては微笑む。 「…いいえ、構いません。それが貴方の望みならば。」 彼を監獄から連れ出した僕を神のように称え、跪いては主人のように付き従う。 こちらを振り向き目を細めて笑った彼は、酷く幼く見えた。 電灯の灯っていない暗い廊下を「1人」で歩く。 先程使っていた彼女の体から小さな彼の体に移り、足音を立てないように階段を下りる。 (…ここに帰って来ることは、もうないかもしれない。) その言葉に言い表せない、切なく寂しい感情を隠すように闇に紛れる。 大きな木製の扉をゆっくりと開き、白い息を吐きながら扉を閉める。 「……、」 扉を閉める瞬間、背後に感じる視線に気付いてはいた。けれど、そちらに振り向くことはしなかった。 その視線が彼のものだと気付いていたから。(期待はしていなかったけれど…少しは、報われますね。) ふっ、と苦笑したあと僕はまた歩き始めた。 向かう先は地獄か否か。それは、僕とこの小さな体の持ち主次第。 (だけど、だから……、) またいつか、は無いけれど (また会いましょう、雲雀君。) next |