JOJO | ナノ


▼ 盲目と変化

柔らかいベッドの中。隣で寝ていた恋人が起き上がる気配を感じたからゆっくりと目を開く。カーテンから漏れ出す陽の光のせいでぼやける視界の中、確かに名前の姿があった。

「名前…」

ほとんど毎日の日課のように彼の名前を呼ぶ。きっと焦点の合わない澄んだ瞳でまた俺の事を見てくれる、と思ったんだけど…今日は少しだけ様子がおかしい。

「メ、メローネ…」

彼の言動からは少しばかりの動揺が感じ取れた。怖い夢でも見たんだろうか。俺は身体を起こして名前を優しく抱きしめる。

「メローネ…違ったら、違うって言って欲しいんだけど…」
「どうした?」
「今メローネが着ている服は水色…?」

腕の中の声に身体がビクリと反応する。確かに俺が今着ているのは薄い水色のシャツだった。
大量の思考が頭の中を駆け巡る。言いたいことも聞きたいことも沢山思い浮かんでいく、けど混乱する俺の頭が絞り出せたのは短い一言だけだった。

「そう、だ…あってるよ」
「そっか」

名前はどこか安心したように柔らかく笑った。その表情が物語る事実を、俺は言葉として聞き返す。

「名前、もしかして…見えてるのか?」
「半分正解で、半分不正解かなぁ」

彼は楽しそうに俺の胸板へ顔を埋めた。言葉の続きが聞きたくて、俺は急かすように彼の頬を撫で上げた。

「今は色だけ見えてるんだ。輪郭なんかは全くもって分からないんだけど、そこに何の色があるかくらいは分かるんだ」
「名前…!」

完全に見える訳じゃあないんだ、と申し訳なさそうに笑う名前を俺は構わずに力いっぱい抱きしめた。勢いで二人ともがベッドに倒れ込んで、滲み出すみたいに笑った。

「良かった、本当に良かった…」
「えへへ、そんなに喜んでくれるの?」
「当然だろ」

照れ臭そうに微笑む名前の唇に優しく自分の唇を押し付ける。俺はその柔らかくて温かい感触に触れるたびに泣いてしまいそうなくらい幸せな気分になる。好きだとか、愛してるだとかそんな言葉ではきっと表せないくらいの幸福な気持ち。それだけで俺は彼のための何にでもなれるのだ。

「水の上に広げたアクリル絵の具みたい。輪郭の無い色が視界の中で揺れてふわふわしてるよ」
「逆に見てみたくなるな」
「ふふ、ハッキリと見えるに越したことないよ」
「そうだけどさ」

名前が手のひらで俺の顔をそっと撫でる。パーツの位置を確かめるみたいにゆっくりと滑らかに動く指先に、俺は密かに興奮する。
だって、形の良い指が愛撫みたいに優しく俺を撫でるから。それは興奮しなきゃ失礼ってもんだろう?

「わあっ」

名前から小さく短い驚きの声が上がった。俺が、その指のひとつをそっと食んだからだ。逃げられない様に手首をつかんで彼の人差し指をさらに奥まで咥え込む。名前の赤く染まった頬と驚愕による虹彩の揺れを見て、俺は口元がだらしなくにやけることを抑えられなくなる。

「ちょっと…」

震えた声で訴える名前の指を舌を巻きつける様に舐め上げる。指の付け根に舌が触れた瞬間、名前の肩が少しだけ震えたのが分かる。こうして見ると名前はどこか初心な子供のようにも見えた。こんなにも美しい顔をしているのに、こんなにも優しい心を持っているのに。目が見えないだけで名前は普通の人が経験すべき様々なことを未だ出来ないでいる。
彼は知るべきなのだ。
五体満足の人間が成長するにあたって何を感じ何を見て生活しているのか。けれど一人で学ぶ必要なんかない。名前には俺が付いている。全て俺が教えてやるさ。文字通り手取り足取り、すべてを。

ずるりと彼の人差し指を口から引き出した。彼の真っ赤な顔はさっき見た時よりもずっと色鮮やかで、今鏡を見せてやれば少しくらいは色が見えるかもなんて思ってしまった。

なんて可愛い名前、ずっと俺の傍に居て欲しいとすら思う。

「意地悪だなぁ、もう」

俺に吸い尽くされた方の手を恥ずかしそうにもう片方の手で握りながら、名前はため息交じりに呟いた。その様子は拗ねた子供みたいで、俺はデジャヴを感じてまた笑った。

「ごめん、ちょっと悪戯したくなって」
「いつかし返してやるから覚悟しててね」
「ああ、楽しみにしてる」

そう言って、俺は名前の額に唇を押し付けた。
きっと俺に悪戯し返す頃には、彼の視界も今よりずっと開けている事だろう。今は一歩の、いや半歩の進展ですら嬉しかった。

「名前の視界が戻って最初に見るのはきっと俺だろうな」
「うん。そうかもね」

そうやってまた二人でくすくす笑いながら、柔らかく抱き合った。

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