JOJO | ナノ


▼ 盲目とヘアゴム

なんてことはない休日の昼下がり。俺は皿洗いを終えてソファへ寝転ぶ名前にずっと気になっていたことを言ってみた。

「なぁ名前、なんで足にヘアゴムを通してるんだ?」

名前の細い右足首には彼自身の髪を軽く結うためのヘアゴムが通っていた。黒色のそれは彼の色素の薄い肌に対してよく目立つのだ。

名前は俺に指摘されてから何かに納得するようにそのヘアゴムを手に取った。

「あぁ、こんな所にあったのか」

おかしそうにふふ、と笑う名前は可愛らしい。チェリーみたいな色をした唇が揺れる姿を見るのが大好きだ、目の前で名前が笑うだけでそれは俺が笑う理由になるから。

「なんだ、忘れてたのか?」
「うん。なんかずっと着けてると違和感なくなっちゃうんだよ」
「そもそもなんでそんな所に着けてたんだ?」
「皿洗うのに腕に着けてたら濡れちゃうだろ」
「髪結べばいいじゃないか」

俺がそういうと名前は瞳を猫みたいに開いて『それは思いつかなかった』とでも言いそうな顔をした。そんな彼がおかしくて俺は声を出して笑う。

「笑うなよなぁ」
「ごめんごめん、名前が可愛いんだよ」

俺は分かりやすく口を尖らせた名前の頭をそっと撫でる。まだ不機嫌そうな顔をしているのに大人しく俺に撫でられるままの名前はそれこそ猫みたいだ、すっごく可愛い。

「そんなに分からないものなんだな」
「きっと目が見えてても忘れるよ。頭の上に置いた眼鏡みたいなものだよ」
「あぁ、その例えは妙に納得する」

俺は名前の例えに同じチームで赤い縁の眼鏡をかけた癖毛の男を思い浮かべる。ついこの間寝起きで同じことをやらかしてたなぁ、なんて。

「メローネって眼鏡なんてかけてたっけ?」
「いや、同僚がかけてるんだが、変な所に置いて分かんなくなって勝手にキレてる」
「なにそれ、面白い同僚さんだね」
「俺の職場は変な奴ばっかりさ」
「メローネも変だから均衡を保ってるな」

聞き捨てならなかった、俺が変な奴なのは認めるとしても名前にそう感じさせていたとは全く気付かなかった。

「俺って変か?」
「変だよ」

名前の歯に衣着せぬ物言いに俺は柄にもなく少しだけしゅんとする。名前の言葉は俺にとってそれほど重大な物なんだって名前は未だ自覚してないんだ。

「だって僕なんかを好きになったんだもん。お前は十分に変だよ」

ゆったりと開かれた名前の瞼に俺の視線は釘付けになる。なんて綺麗な目をしているんだろうか。色も確かに綺麗なんだが、なんていうか他の目とはまた違う鋭さみたいなものが名前の目にはあるのだ。その本質が何なのか俺には全く分からないけど、それでも見えない瞳で俺にそんな事を感じさせる名前は間違いなく特別な存在ってことだ。

「名前もその変な奴を好きになった変な奴なんだぜ?」
「それは…確かにそうだな」

眉をぐっと寄せて考えたこともなかったって感じの顔を浮かべて名前は口を噤む。

「なぁ名前、俺のこと好きか?」
「もちろん、大好きだよ」

なんだかどこかの頭の悪いカップルがしていそうな会話におかしくなって名前と一緒になって笑いあう。普段あんな仕事をしているばっかりにこんな一瞬だって俺にはかけがえのない時間に感じて、じわりと胸の奥に温かいものがあふれるのを感じる。


「なんで自分のこと好きか聞きたくなるんだろうな」
「うーん…」

俺のくだらない質問に名前はちゃんと答えを見出そうと考えてくれる。そういう真面目な所も可愛いなぁ。

「ヘアゴムの違和感と同じじゃないかな」
「どういうこと?」
「ずっと近くにあると近すぎて分からなくなるんだよ、きっとね」

そういうと名前は俺にぐっと顔を近づける。まるで見えてるみたいに目の前でピタリと止まると、俺の怯んだ顔に触れるだけの簡単な口づけをもらう。

「えへへ…好きだよ、メローネ」
「名前…」

俺はいつか名前に殺されるかもしれないな。彼の言動一つで俺は胸が締め付けられて息もできなくなりそうなほどに苦しくなる。まるで微睡みたいな空気に浸っていると思ったら、こんな変化球を投げてくる。まったく不整脈でも起こしそうだ。
顔は熱いし身体も熱い。こんな情けない顔を名前に見られなくてよかったと今だけは思う。彼の視力が戻る前にある程度この気持ちも落ち着きを取り戻していればいいが、今のところそんな予定はなさそうだ。

俺は昔も今も名前の傍にいる。きっと遠い未来さえ名前となら一緒に生きていける気すらする。未だ名前に秘密なことは多いけど、いつか決心がついたら話すからさ。いまはこの甘ったるい生活を手放したくなくて、俺は心の奥へと俺の秘密をぐっと押し込んだ。


prev / next

[Main Top]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -