JOJO | ナノ


▼ 盲目と遠出(前編)

「なぁメローネ」
「どうした?」
「お世話になった人のコンサートに招待されたんだけど一緒に行かないか?ちょっと遠いから泊りがけになると思うんだけど」

名前はそう言うと机の上に置いていた長方形の紙をペラリと見せる。それはそこそこ有名なホールで行われるコンサートチケットのようだった。そこに書いてある詳細は確かに少しだけ場所が遠いようだ。

「あー、ちょっと待って。上司に確認する」

俺の上司、暗殺チームのリーダー。リゾット・ネエロその人である。携帯電話を取り出して番号を打ち込んで通話ボタンを押す。無機質なコール音が鳴り響いて暫くすると聞き慣れた低い声が聞こえてきた。

『プロント』
「プロント、メローネだ」
『何か用か?今忙しいのだが』
「あー…ここ数日休み貰いたくてさ」

俺がそう言うと電話の向こうで紙か何かをペラペラとめくる音が聞こえる。きっと全体の予定を確認しているのだろう。

『ふむ…4、5日くらいならなんとか取れるだろう』
「お、充分だ!ありがとよリーダー」
『帰ったらいつも以上に働いて貰うぞ』
「ウッ…分かったよ。じゃあありがとう」
『ああ』

短い通話を終えてプツリと切れた携帯電話を懐にしまって名前に向き直る。

「休み取れた!そのお泊り行こう!」
「それは良かった。ねぇ今の声の人、メローネの上司なの?」

名前は髪を揺らして首を傾げる。その姿が可愛くて俺は彼の唇につい出る癖のように口付けをしてから答える。

「音漏れしてたか。そうだぜ、俺の上司。低くてこわーい声だろ?」
「そうなんだ…」
「ん?もしかしてどこかで聞いたことあったか?」

名前のはっきりとしない返事が不思議で聞いてみた。彼の音に対して発揮される記憶力と鋭敏な聴覚はきっとその辺をただ歩いてるだけの人間の声だって正確に覚えられる事だろう。世界のどこかで名前とリーダーがすれ違って声を聞いていてもおかしくはない。

「いや、気のせいかも」
「そうか?」

なにかを誤魔化すように微笑む名前にもうなんでもよくなる。目の前に名前がいて可愛い笑顔を浮かべているだけで俺は満足だ。

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当日は清々しい程の晴れだった。まぶしいくらいの日差しが町全体に降り注ぐ様子はうっかり感動してしまいそうなほどの美しさがあって、ここに来た者たちを快く歓迎しているようだった。

「ここも目が治ったらまた来ようか」

いつも通り手帳に街の名前と場所、見たいものを書き込んでいく。昔からずっと残しているこの手帳は既に何冊目か分からない程であった。そのすべてが今も俺の自室に大事に保管されている。

「そんなにきれいなの?」
「うん、さすがにかなり大きい規模のコンサートが催されるほどの街だね。結構都会だけど新しすぎない古い美しさがある」
「へぇ、興味深いね」

名前の分の荷物も詰め込んだキャリーバッグをひきながらタクシー乗り場に向かう。しかし今夜のコンサートのために既に街に入っているのは普通の客も同じようで、音楽通な彼らの中には名前の顔を見てサインを求めたり声をかけたりする人間もいた。人のいい名前は長い時間の列車移動で疲れているだろうににっこりと笑ってそれに応じた。
そんな道中を経て乗ったタクシーの運転手にも声をかけられる始末、そんな名前がどこか遠い存在になってしまいそうで俺はつないだ手に少しだけ力を入れた。


ホテルに着いてからは早かった。チェックインを軽く終えてホテルの廊下を歩きながら横でにこにこしている名前をちらりとみる。その表情はどこか外向けというか営業用といった感じで、名前もそういう顔するんだなと意外なところであった。

「名前って有名なんだなぁ」
「みんな僕が盲目なのが珍しいだけだよ」

部屋の前まで到着するとここまで荷物を運んでくれたボーイに慣れた様子でチップを渡して部屋に入る。


「うーん…」

俺は部屋の中を見るなり唸り声をあげてしまった。
部屋に問題があるのではない。部屋の内装は全体的なホテルの雰囲気に合った高級感があって、それも前面に押し出すような厚かましい高級さではなくさりげなく節々に見える上品なものだった。
それはいいのだ、問題は部屋の真ん中に位置するベッドだ。大きな天蓋の着いたキングサイズのベッドは一つしかない。

「どうしたの?」

見えない名前はこの状況を理解してないようだったので話してみる。

「うーん、僕2人で行くって伝えたんだけどなぁ」

予想通り名前は口の端を上げて苦笑いを浮かべる。俺たちは確かに恋人同士にはなったのだが一緒に寝る事なんてまずしたことがない。今までできたことなんて唇へのキスくらいのものだろう。

「まぁいっか、僕たち恋人同士だもんね」
「名前がいいならいいけど…」

少しだけ照れ臭そうに微笑む名前は可愛らしいからもう何でもよくなる。つられる様に俺も笑うと、顔にそっと名前の手が伸ばされる。

「もっとしゃがんで、メローネ」

言われた通りに少しだけ腰をかがめてみると名前の唇がそっと俺の唇に触れる。気遣うような口づけに胸が締め付けられるみたいに苦しくなる。どうしようもなく愛おしくて涙でも出そうなくらいだ。

「夜まで時間あるからどこか行こうか?」
「俺は良いけど名前は疲れてないか?部屋でゆっくりしてたっていいんだぜ?」
「そう?じゃあメローネと部屋でゆっくりする」

俺の首に回された腕が俺自身をそっと抱きしめる。ふわりと俺を包む名前のシャンプーの匂いが俺の溢れ出る愛おしいという感情に強く訴えてくる。

「名前、大好き」
「僕もメローネの事大好きだよ」

言わなくたって分かってることなのに、思わず伝えずにはいられない。それは互いに同じだったみたいでそれがおかしくて二人でけらけら笑った。


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楽しい時間というのはすぐに過ぎるもので移動の時間が来てしまった。迎えが来るようで、俺たちはドレスコードに適した上品なスーツを着込んで待機していた。
スタイルのいい名前はスーツもよく似合う。セットした髪はいつもの可愛らしさというよりはどこかさわやかな青年っぽさがある。

「スーツを着たメローネは格好いいんだろうなぁ」

名前が俺の手をしっかりと握りながらそう呟く。

「見たいのか?」
「うん、絶対見たい」
「嬉しい。楽しみにしててくれ」

戯れに頬に口づけるとくすぐったそうに名前が微笑む。やがて部屋の内線の子機のコールによって迎えの到着が告げられた。


なんというかコンサートっていうのは俺には難しい。今回俺と名前が案内されたのはこの席はVIP席だっていうけど俺にはよくわからない。けど音楽に詳しくて偉い人がここがVIP席だというのならそうなのだろう。芸術ってのはそういう偉い先人達の押し付けみたいなところがあるからどこか受け付けない。

「この雰囲気好きだなぁ」
「俺はちょっと緊張するな」
「あはは、つまらなかったら寝てたらいいよ」

プロらしくない物言いと名前の笑顔に幾分かの緊張がほぐされていくのを感じる。仕事でこういう所に来ることは何度かあったがその場合は音楽なんて聴く余裕はないため緊張なんかしなかった。


やがてホール全体の照明が落とされて厳格な雰囲気の中、舞台上のライトが煌々と光を放つ。今回の構成は変わっているらしくて、最初のメインは名前を招待した音楽家で、その次にオーケストラの演奏があるらしい。
それが変わっているかどうかも分からない程無知なことに若干の溜息すら出そうなほどだ。

意外にも全部で2時間ほどの演奏はどれも退屈なものではなかった。音楽に関心がなくても身体全体を振動させるようなこの演奏が完成されたプロの物であることは明らかだった。しかしながらそれらのどれも名前の演奏の様に俺の心の底に訴えかけるような感情はなかった。

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「すごかったなぁ」

閉幕からしばらくして既に明るくなった客席で人が席を立つ中名前と俺はある程度人がはけてから出なくてはならないため席に座ったままでいた。

「メローネ寝なかったね、楽しかった?」
「うーん、すごいと思ったかな」
「それだけでも十分だ」

にこりと微笑んだ名前の顔は余所行きのそれではなく心を許した人間に見せる柔らかいものであった。それが嬉しくてキスでもしたくなる感情を必死に抑えた。

「楽屋に行きたいんだけど…」

名前をエスコートしながらエントランスまで来ると名前はそうポツリとつぶやいた。いつの間にか手にしていた花束は既に注文していたものらしく、招待してくれた先生とやらに渡すらしい。事前にリサーチしたという花の色と種類に少しだけ嫉妬した。

「図面的にはこっちだなぁ」

話は既に通っているらしく、名前の知名度も併せてスムーズに舞台裏と呼べる通路へと進めた。楽屋と呼ばれる部屋の扉を軽くノックしてからゆっくりと開くと、舞台上にいた上品な雰囲気を感じるピアニストがにっこりとした笑顔で名前を迎えた。

「ご招待頂きありがとうございました」
「いや、なんの。遠いのによく来てくれた」
「先生の演奏素晴らしかったです」
名前の笑顔は外向けだ。花束を男に手渡すと適当な世間話のようなものが続く。こんな付き合いしないといけないなんて名前も大変だな、と横にいながら思う。

「あんな事件があったから心配していたんだが、変わらないようで安心したよ。」
「見えないことが幸いしましたね」
「凄惨な現場だったそうじゃないか、剃刀の刃で殺人だなんて。コンサートホールの警備員たちは何をしていたのか…」

名前の横でずっと話を聞いていたが覚えのある単語にピクリと眉が動く。剃刀の刃?警備員に見つからずに?俺の頭の中に一人だけ思い浮かぶ人物がいた。そういえばコンサートホールでの仕事があるって言っていた気がする…。

「では僕たちはこれで。本日はご招待いただき本当にありがとうございました」

名前は最後にまた礼を言うとにっこりと微笑んで部屋を後にした。それでも俺はそれどころじゃなくてついそわそわしてしまう。まさか名前のマネージャーを殺したのがリーダーだったら?どうして名前は殺されていないのだろう、電話越しのリゾットの声に反応したのも彼に殺されかけたからなのか?どうして名前はそれを俺に話してくれないのか。沢山の疑問がポンポン浮かんでは消えていく。
そんな俺の手に名前の手が触れた。

「メローネ?」
「え、あ…なんだ?」
「ホテルに帰ろうって言ったじゃん」
「ああ、すまない。ぼーっとしていたみたいだ」

全部憶測にすぎない。俺は嫌な考えを払うように首を振って表に待たせたタクシーに向かって名前と一緒に歩きだした。

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