JOJO | ナノ


▼ 盲目と海

「海に行こう」

そんなメローネの一言から始まって、僕は今バイクの上で強風に全身を打ちのめされている。メローネが運転するバイクはきっとものすごい速度で街を駆け抜けているに違いない。
それは身体を突き抜ける強風と、聞こえたと思った瞬間にはすぐ後ろへ流れていく街の生活音や人の声から感じられることだった。

昔から変わらずメローネの行動力はすごいと思う。僕はあれよあれよという間にフルフェイスのヘルメットをかぶせられて、引っ張られるようにバイクの後ろへ乗せられた。

僕の耳にはバイクの轟音が少しだけつらかったけど、風は気持ちいいし外の空気もたまにはいい。メローネは僕の事を僕以上に分かっているのかもしれない。丁度新しい曲の表現で詰まっていたところだったから、こうして連れ出してもらえることは僕にとってありがたいことだったみたいだ。
さすがは幼馴染といった所だろうか、メローネはいつもこうやって僕の認識範囲外の僕にとって必要なことをそっと差し出してくれる。
少しだけの尊敬と感謝をメローネの大きな背中へ向けながら彼につかまる僕の腕の力を少しだけ強めた。

少しずつ周りの空気が街の匂いから郊外の匂いへと変化していく。何が変わったと言われれば難しいが、人の声やなんかが少なくなって、自然の草木や潮の香りが漂ってきたために僕はそう思ったのだ。

実際それは間違っていなかったみたいで波の音がすぐ近くに聞こえる。やがて僕らの乗ったバイクはそのエンジンを止めた。

バイクの唸るようなエンジン音が無くなり、静かになった周囲には人の声はなくただ波が打ち寄せては返す音だけがあった。

「着いたよ」
「そうみたいだね」

足元が未だにアスファルトであるからきっと海岸のすぐそばの道路なのだろう。
メローネによってヘルメットを外されると、籠っていた音がより鮮明になり潮風が頬にあたるのを感じた。

「ねぇ、この海はきれい?」
「あー…ゴミなんかは見当たらないし綺麗な方じゃないか?」
「違うの、メローネにとってこの海は美しいか聞きたいんだ」
「ああなるほど」

メローネは納得したような声を出すと少し考え込んだみたい。未だバイクの後部に座る僕の髪の毛をいじりながらううんと唸っている。

「俺に美術的見解なんて難しいけどさ、綺麗だと思うぜ。海一面に夕日のオレンジが反射して燃えてるみたいにきらきら光ってるよ」

メローネは僕の目が見えなくなってからはこうやって見えたものを分かりやすく説明する機会が増えたのだろう、昔より随分と説明が上手になっている。

「へえ、それは見てみたいね」
「目が治ったらここも来ようか」

頭の上でサラサラと何かを書く音が聞こえる。僕はこの音が何なのか知っている。メローネはメモを取っているのだ。たまに僕を連れ出しては目が治ったら来てみようとすべてをメモしている。メローネのこれは爆発的な行動力からして、間違いなく社交辞令的なものではなくて本気で行くつもりのセリフだ。そのために彼はいつでも懐にメモとペンを忍ばせてふとした時に取り出して書き込んでいる。

普通に異常な行動ではあるが僕はなんだかそれを変だ、とは咎められないのだ。いくら幼馴染だからといってこうして僕のことを構い倒してあまつさえいつ治るか不明な僕の目を知っていても傍にいるといわれているからもう分からない。メローネにとって僕は家族みたいなものなのだろうか。彼が僕の事を知り尽くしているのに僕だけが彼の考えていることが分からないなんてすこし失礼かなと心が痛む。

「名前、水を触りに行くか?」

バイクから手慣れた手付きで優しく僕をおろしながらメローネがそう提案した。

「でも今日急いで支度したから杖持ってきてないよ」
「誰も居ないし砂浜の海岸だから大丈夫だ、俺がいつも通りエスコートするさ」

いつも通りメローネの手のひらが僕の右手を握る。僕よりほんのりと温かい体温が潮風の中ではやけに温かく感じる。そのままゆっくりとゆっくりと波打ち際へともに歩いていく。一歩進むごとに強くなる磯っぽい香りに僕の胸は少しずつ高鳴っていく。そういえば視力を失ってからこういった海に来るのは初めてかもしれない。

「名前、ゆっくりとしゃがんで手を伸ばしてごらん」
メローネの優しい声が僕の右側から聞こえる。言われたとおりに膝を曲げてゆっくりとしゃがみこみ、メローネと繋いでいる手と反対の空いている左手を伸ばしてみる。
波の流れる音とともにひんやりとした感触が手を通り抜ける。普通の水に触れるのとはまた違う感覚に自然と顔がほころんでしまう。

「あははっ、名前ってばすっごい笑顔だ」
「そ、そんなに笑ってたかな?」
「ああそりゃもう子供みたいだったぜ」

メローネがやけに笑うから、恥ずかしくてきっと今僕の顔は真っ赤なんだろう。そんな僕を立ち上がらせて潰れちゃうんじゃないかってくらいぎゅっと抱きしめるメローネに僕自身、不思議と悪い気はしなかった。

「可愛いなぁ、名前は」
「嬉しくないぞ」
「なぁ」
「ん?」

急にまかれた腕を解かれて少しだけ不安になったがすぐに肩を掴まれて、メローネが正面にいることが分かって安心する。彼のまっすぐな声が僕を貫く。

「俺の恋人になってくれないか?」

一瞬何もかもの音が消えたんじゃないかって思った。メローネの言っていることが僕の脳内回路では処理するのにやけに時間がかかってしまって僕の耳に音が返ってきたのは2、3秒ほど後のことだった。

「……へ?」

何か声を出そうとしてやっと出たのがこんな間抜けな声だった。メローネの声色がいつになく真面目で、僕はまた不安になった。

--------------------------------------

俺の告白に名前はすっかりきょとんとしてしまった。そんな表情ですら可愛いとのんきに思ってしまうほどに俺は落ち着いていた。

「名前の事、家族とかじゃなくて恋愛感情をもって好きなんだ」
「え、あ…メローネ……」

名前のピタリと閉じられた瞼の隙間からぽろぽろと小さな涙があふれて目尻にたまっては頬を伝って落ちてゆく。夕日に照らされたその様子がやけに美しくて俺さえ胸にじんわりとした熱さを感じる。

「僕たちキスだってしたことないよ」
「きっとどの恋人達より俺らの方が仲いいと思うぜ。付き合うとかそんなに大事なことか?」
「でも、僕は目が見えない。これはいつ治るかさえも分からないんだよ?軽はずみに言ったなら考え直して」

軽はずみ、そんな言葉に怒りを覚える。発した名前にではなくそんなことを言わせてしまった自分に。

「なぁ名前、俺がふざけて言ってるように思うか?」
「思わないけど…」

彼の涙を指の腹で拭いながら言うと、それがきっかけでまた今度は大粒の涙があふれてしまった。眉間にちょっとしたしわを作って静かに涙を流す名前。その涙の粒は宝石みたいにきらきら輝きながら光を反射している。

「メローネは優しいから、僕なんかにこだわらなくてももっと良い人が見つかるかもしれないよ」
「名前より良い人ってのがいるなら見てみたいもんだな」

矢継ぎ早に流れ落ちる涙に指だけでは足りなくなってポケットに入れていたハンカチを取り出して、顔の水分をしみこませていく。

「泣くほど嫌なのか?」
「違うの、嬉しいんだけど、悲しい」
「俺は嬉しいと思ってもらえて嬉しいよ」
「メローネェ……」

名前のめったに開かれない瞳がゆっくりと開かれた。まだ日差しが強いから大丈夫か、と心配してしまう自分にどれほど名前との生活が染みついているかがよくわかる。潤んだ瞳はまるで見えているみたいに俺の顔を見つめる。けれど完璧に目が合ったりはしない、どこか焦点の合わない瞳は俺の目の辺りを探すみたいにうろうろしている。

「本当に僕でいいの?」
「名前しかいないって最初っから言ってるだろ?」
「一生目が見えなくても?」
「ああ名前、世界に完全に完璧な人間はいないんだ。名前が歩けなくなったって耳が聞こえなくなったって俺は傍にいるつもりだぜ」
「うう…」
いよいよ止まらなくなってしまった涙に笑いがこぼれる。でも同じように、可愛い、好き、愛している、そんな感情が俺の中にもとめどなく溢れている。

「もう一度言うぞ、俺の恋人になってくれ」
「………はい」

名前の消え入りそうな涙声の返事に俺の愛情は爆発せんばかりにあふれていく。俺のモノになった名前を優しく包んで抱きしめる。
中で何か燃えてるみたいに熱い名前が俺の腕の中でまだ泣いている。静かに声を殺して泣く姿が愛おしくて、長年我慢していた唇への口づけを落とす。

「あっ…!!」

思っても居なかった不意打ちに見えない瞳を見開いて驚く名前がどうしようもない程に好きだ。

「愛してるよ、名前」
「ありがと……」

彼に思いを伝えるまで随分かかってしまった。これまで耐えてきた名前への愛情表現が解禁されたとなると今後何をしてしまうか分からない自分がいたものの、とりあえず今はただ名前を抱きしめていたい。それだけだった。

波の音がゆっくりと俺たち2人に戻ってきた。




prev / next

[Main Top]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -