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▼ 盲目と犬

名前の家へ向かう途中、道端で大きなゴールデンレトリバーが、よく手入れされていそうな金色の長毛を揺らしながら人間を誘導していた。

彼の家にはスタジオがある。防音室になっているその場所は、彼のグランドピアノを置いたってちょっとしたダンスくらい踊れるようなスペースがあった。今日名前はそこにいたのだ。
特殊なドアノブを引き下げて扉を開くと、彼は10本の指を巧みに使ってどこかで聞いたことのあるようなクラシックの曲を演奏していた。
いつもはぼんやりしていても流石はプロのピアニストである。白と黒の鍵盤は彼に触れられるたびに思わずうっとりとしてしまいそうな音色を奏でて部屋全体を包み込む。音楽には大した知識も興味もない俺がついうっかりで聴き入ってしまうような魅力が名前のピアノにはあった。

俺がドアノブを回したことには音で気付いていたのだろう。適当な所で演奏を止めて声をかけられる。

「メローネ」
「やあ名前、素敵な演奏だね」
「そりゃどうも。リビングまで戻ろうか」
「いいけど、演奏はもういいの?」
「メローネがいるならメローネと話したい。リビングまで行くの手伝って」

名前はそう言いながら細い右腕を俺の方向へ差し出す。俺は左手の手袋をそっと外してからその手に触れてしっかりと握り、リビングまで誘導する。
名前が俺と歩くときはいつだってこれがスタンダードな形だった。一人でも勿論彼は歩けるのだが、彼なりの甘え方なのか俺がいるときはこうして手を繋ぎたがり、日々を重ねて行くうちにいつしかそれが当たり前になっていた。

適当なソファに二人で座って最近あったどうでもいいことを話し合う。名前に会うと俺の心は張り詰めたものが緩むみたいに楽になるのだ。いつもの水中みたいに息苦しい仕事の毎日の中で、息継ぎをする場所が俺にとっては名前の隣なのだ。

話すうちにふと道端で見た盲導犬の尾が俺の脳内をチラついた。それで話のうちにこんな事を聞いてみた。

「名前は盲導犬とか利用しないの?」
「盲導犬はいいよ」

名前の放ったいいよ、のイントネーションは要らない必要ないといういいよであった。あっけなく即答する名前に俺は若干の疑問を覚え、続けて質問する。

「どうして?いた方が安全だろう」
「僕にはもう金色長毛の利口な盲導犬がいるからいいんだ」
微笑を口に浮かべた名前が淡々とそういって、俺もしばらくしてその言葉の意味を理解した。

「犬には首輪つけなきゃダメだよ」
「リードはしっかり握ってるつもりだよ」

細く美しい声と共に俺の手袋を外した素肌に名前の手が触れる。やんわりと温かい体温に俺の心臓はすぐに鼓動を早めてしまい、苦しくなる。

「しかもその盲導犬は喋る」

俺の手を掴みながら自信過剰な表情で言う名前は可愛らしい。
こういう時に俺に名前の事が好きだと脳内に訴える感情が、幼馴染に向けるようなライクの感情でないことが分からない程に経験不足な俺じゃなかった。
俺はいつしか恋愛対象として名前の事を愛していた。けどそれはどこか当たり前のような気がして、名前の隣は俺。これは今も昔も変わらない立ち位置である。

「きっとその盲導犬は二足歩行で歩くしお茶だって入れるし、君が望むなら何でもしてくれるよ」

そう言いながら空いている手で名前の柔らかい髪に触れると彼の表情はどこか安心した様な優しく柔らかい表情へと変わる。

「何でもかぁ」
「うん、何でも」

微笑む名前はどこか子供っぽいあどけなさの残る雰囲気がある。許されるのならずっと名前の側で生きていたい。今も名前が目の前で俺に語りかけるだけで胸がいっぱいになりそうだ。

「好き…」

一瞬誰がその言葉を口にしたのか理解が追いつかなかった。言葉を発したのは俺、胸を支配する名前への愛情が口から漏れ出したのだ。

「僕もメローネのこと大好きだよ」

体温の下がりかけた俺の体は名前の一言で安堵する。だがその一言で俺は素直に喜べなかった。この大好きはきっと子供が親に言うようなそれである。

「ありがとう、嬉しいよ」
「どういたしまして」

きっと今俺が泣いても名前にはなにも伝わらないけど、ただ彼が側にいるだけで今はよしとしておこう。


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