JOJO | ナノ


▼ 盲目と季節

※(主人公盲目注意)

当然のようにいるメローネにもはや何も特別な反応はない。合鍵は勝手に作るし僕が寝ている間に勝手に家にいたりするし。メローネ以外だったらとっくに通報してやるところなのに。

「今日は外がすごく暑いよ、夏って感じ」
「そうなの?」
「うん、もう歩くだけで汗が出てくるよ」

全く季節の変わり目なんて気にしていなかった、気付かなかったという方が的確かもしれない。思えば僕には季節を感じられる時間や暇というものがあまりなかったかもしれない。
最近は忙しく、家かコンサートホールでピアノを弾き続ける生活を送っていたために、外をゆったりと歩いたりすることもなかった。
そういえば、昔はどうやって季節を感じていたんだっけ?ぼんやりとした頭で考える。

「そっか、もう太陽を憎みたくなる季節なんだね」
「夏は嫌いか?」
メローネが僕の座っているソファにどかりと座るから、僕は反動で少し浮いた気がする。確かに隣のメローネからは少しだけいつもよりも熱気がある気がする。
「…暑いのは嫌かな」
汗をかくのは嫌い。真っ暗な世界の中でただじりじりと暑くて、不思議と自分の体から汗だけが出る事が僕にとっては少しだけ嫌なことなのだ。どうせ暑いのなら照り付ける太陽なんてのも見てみたいし、そんな太陽に照らされる美しい街だって見てみたい。何も見えないのに暑さだけが僕に蓄積していくのはなんとなく腹立たしいのだ。

「俺はそうでもないけどなぁ」
「僕は基本インドアだから」
僕が口をとんがらせて言うと、隣りでメローネのちょっとした笑い声が聞こえる。というか暑いと言いながらなんでメローネはこんなにぴったりくっついて座るんだろう、僕の右肩にはしっかりとメローネの左肩が当たっている感覚がある。なんだかあべこべなメローネらしいとも思うけど…。

「でもさ、夏も悪くないよ」
「どうして?」
「いろんな店で夏限定のフレーバーが出るから」
メローネが楽し気な口調で言うと、いくつかの箱みたいなものがコツコツとぶつかる音がきこえた。
「色々買って来たんだ、ティラミス、ジェラート、カンノーリ、なにから食べる?」
ああ、菓子の持ち帰り用の箱の音だったのか。メローネが箱を開く音と甘い香りにひとりでに納得する、それと同時に一つの記憶が僕の奥から激しくフラッシュバックした。

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「名前、これ触ってみて」
僕が見える世界を失ったすぐの頃だった、まだ小さい僕にメローネは何かを差し出したのだ。
差し出された何かは和紙みたいな薄い紙の感覚から、ブーケのようだった。中に触れてみると赤ちゃんの肌みたいに柔らかい感触と、青っぽい生き生きとした香りを感じた。きっとこれは何かの花だろうか。

「これは?」
「ポーチュラカっていう花だよ。夏になるとこれが咲くんだ」
「そうなんだ」
「今は夏。これから季節が変わったら、絶対に俺が教えに来るよ」
「どういうこと?」
「夏になったらおいしいジェラートでも買って、海の近くで食べよう。冬になったらクリスマスに俺と一緒にパネトーネ食べて…」
「あはは、食べ物ばっかりじゃん」

楽しそうな声色で食べ物のことばかり話すメローネがなんだかおもしろくなってきて不意に口元から笑みがこぼれた。

「でも、そうしたら名前も季節を感じられるだろ?」

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あの時メローネに言われたセリフにハッとしたのを今でも覚えてる。そうだった、昔から僕を支えていたのはメローネだ。頼んでないけど。

「じゃあ、ジェラートちょうだい」
「…うん!」
メローネの声がする方向へ微笑んで見せる。大きく息を吸う音が聞こえた次にはびっくりするほど大きな声で彼の返事が返ってくるのであった。
きっと僕はこれからもいろいろな夏と冬を経験することだろう。それはとても楽しみなことで、今からでも胸を高鳴らせてしまうほどに。

「メローネ、ありがとう」
「ああ」
メローネがこちらに近づいてきたと思ったら、不意に瞼に柔らかくてほんのり温かい何かが押し付けられて、そっと離れていく。

「ん?」
「えへへ、なんでもない」

彼の声がちょっとだけどもり気味だったのが気になったけど、手に渡されたジェラートのオレンジのような香りに僕の思考は持っていかれてしまった。

「夏っていいねぇ」
「そうだね」
メローネに同意した僕の声は自分が思っているよりずっと優しくて柔らかい声だった。

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