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西標識






空から覗くは夢模様/第四回公式イベント(久次良君歌)


空には橙色と青が混じり、柔らかく不思議な色合いを呈している。
水彩画の様な空を背に聳える荒川城砦は歪な容貌で、まるで正体不明の怪物の様な佇まいである。
怪物の胎内に棲む者は四万とも五万とも言われているが、久次良君歌もその内の一人だ。

がちゃり、と鍵を差し込んだ鍵穴が騒々しい音を立てる。
ドアを開けるや否や、君歌は足早に部屋の中に駆け込んだ。
急いで鍵を書けて靴を脱ぐと、そのまま奥の部屋にある朝に畳んでおいた布団に上半身から倒れこんだ。
ギターだけは丁寧に置いたものの、学校鞄は君歌が部屋に駆け込んだ時点で既に無造作に投げ出されている。

「あー…疲れた」

学園祭。
西京都文京区に集う学校全てが同日に行う大々的な行事であることから、それだけ生徒達にも力が入る。
君歌のクラス、天照学院高等部三年雪組も例に漏れず、ここ一週間は毎日の様に放課後集って作業をしていた。
しかしそれだけ作業をしていればやはり疲れが体に溜まってくる。
ここ数日遅くまで学校に残っているせいで、君歌は日雇いの仕事もあまり行けていない。
その為夜は部屋に籠っている日が続いていた。
布団に身を預ける君歌は視線をぼんやりと宙に泳がせているが、少し安心した様な表情である。
狭い四畳半の部屋ではあるが、彼女にとっては数少ない憩いの場であった。

暫くして、君歌は布団に預けていた上肢を起こした。
緩慢な動きで投げ捨ててある学校鞄を引き寄せて、何か探し物でもあるのか中を手探りする。
君歌は懐中時計の様な物を取り出すと、その蓋を開いた。
かしゃりかしゃり、と懐中電話のダイヤルをゆっくりと回す。
十回ダイヤルを動かしたところで、君歌はふと指を止めた。
じっと電話を見つめたままの君歌は少し緊張した面持ちである。

「...やっぱり、迷惑かも」

ぽつりと声を漏らす。
君歌はここ数日この様な躊躇を繰り返していた。
暫く電話を睨んでいたが、腹をくくったのか君歌は最後にダイヤルを回して電話を耳元に当てる。
一定間隔で途切れる電子音が数秒流れた後、コール音に切り替わった。
淡々とした無機質な音とは裏腹に、君歌の心臓はその拍を加速させていく。
何度目かのコールの途中で、電話の向こう側からかしゃんと音がした。

「...っもしもし!」
「あ、え...っと、君歌ちゃん?
どうしたの、そんなに慌てて」

電話相手は若い男の様である。
君歌が大声を上げたのは電話の向こうでも分かったらしく、少し

「...何でもない、訳じゃないけど、その...
鈴木くんに暫く会ってなかったから、どうしてるかなって」
「え...あ、うん、確かにそうだね
いや、特に変わった事はなかったよ?
...あ、でも聞いてくれる?昨日ダミアンがさー...」

その後二人は他愛もない話をして盛り上がった。
君歌は電話相手―鈴木の周囲の人物と面識が殆どない為か、彼の話は奇妙だが面白く感じる。
鈴木の知らない一面を見ている様だ、と君歌は思わず笑みが溢れた。

「あの、鈴木くん」
「ん?」

話が一段落したところで、君歌は本題を切り出す。
心臓の音がやけに五月蝿い。
君歌は緊張して少し上擦りそうな声で話し始めた。

「あのね、明日学校で文化祭があるんだけど
クラスで色々出し物やったり、あたしは出ないけどライブやったり...鈴木くんも楽しいと思うから、多分
だから...だから、よかったら来てくれないかな」

言い切った後の一瞬、会話に間が空いた。
あ、まずいかも、と君歌は僅かに焦りを感じる。
心臓の音が全身を駆け巡り、頭に血が昇るのが分かった。
しかし、それは杞憂であったと君歌はすぐに知ることになる。

「...え、行ってもいいの?
俺文化祭みたいなのってあんまり行ったことないからさ...
誘ってくれてありがとう、楽しみだな!」

君歌の気持ちを知ってか知らずか、電話からは鈴木の嬉々とした声音が聞こえる。
なんだ、こんなことならもっと早く電話すればよかった、と君歌の心を安堵と脱力感が満たす。
それと同時に、君歌は晴れやかな気分を感じて思わず笑顔になる。

「じゃあ、明日行ってみるね
君歌ちゃんのクラス、学校に行けば分かるかな」
「高等部の三年雪組だけど、案内あるからきっと分かると思うよ」

その後少しばかり、君歌と鈴木は文化祭の話をした。
鈴木はあまり学校行事に馴染みがない様で、君歌に対してしきりに質問をしていた。
何だか子供みたいだと君歌は思う。
そんな話を適当にし終えた所で、電話の向こうから鈴木とは違う男の声が聞こえた。
どうやら鈴木の同居人が夕飯をせがんでいるらしい。
ちょっと待っててよダミアン!と電話の奥で鈴木が叫ぶ声が聞こえる。

「ごめん君歌ちゃん!
そろそろ俺電話切らなきゃ...
それじゃあ、また明日会おうね」
「うん、じゃあ...また明日ね鈴木くん」

君歌は鈴木が電話を切るまで、電話を耳から離さなかった。
空は日も暮れかけて、西京の街を赤く照らし上げている。
今までは眩しいだけだった夕日を、君歌は美しいと思った。

明日は、待ち遠しい文化祭だ。







おても様宅 鈴木木村くん/ちょっとだけダミアンさん
お借りしています。

君歌の恋はちょっとぎこちない位が丁度いいと思います。






 





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