「久遠さんがお父さんに?」
「そう。どうかな?」

いいかい、決して、絶対に、君のお母さんの旦那さんになりたい訳じゃないんだって。分かってる?なんだか慎一くん、にやにやしているけど。あ、祥子さんまで、これは慎一くんと僕の秘密の話なのに、盗み聞きするなんてお客さんからの信頼を損ないますよ。まあ、響野さんと違って祥子さんのコーヒーは美味しいからそんなことないと思いますけど。

「で、どう?」
「うーん。いいと思うよ、僕は。」
「僕はって、君に聞いたんだよ。でもそうか、僕が慎一くんのお父さんか」
「ふふっ、でもなんだか兄弟みたいね。」

確かに、10歳も離れていない僕たちはどちらかと言えば兄弟、否、どう見ても兄弟か。じゃあ、例えばだけど、僕と雪子さんが隣に並んだらいったいどんな関係に?みえる?夫婦……には見えないか、ちぇっ。大方僕は彼女になついている大型犬ぐらいにしか見られないだろう。まあ、犬にみられるなら文句はないさ。是非飼っていただきたいくらい。お金が稼げる(バイト・スリ・銀行強盗)飼い犬なんて、すごいじゃないか!
祥子さんのサービスのコーヒーを一口。ずずっ・冷めても美味しい。いれたてでも全くおいしくない響野さんのコーヒーとは大違い。響野さんにも見習ってほしいね、全く、あんなに不味いのなら豆だけもらって僕がいれるさ。きっと言ってもやらせて貰えないんだろう。私にも喫茶店のマスターとしての誇りがあってだな、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。


「でも知らなかったなあ。久遠さんがお母さんのこと好きだなんてさ」
「まったく、君たち中学生は本当にそういう話が好きだね。そんなんじゃないんだよ、そうだね、例えば君と薫くんのような関係が望ましいのさ。」
「薫くん?」
「たしか慎一くんの友達よね?」
「そうだよ、薫くんは僕の友達。」


例えば、料理に入ってるパイナップルが大嫌いなこととか、数学より国語が得意なこととか、動物は好きだけど虫はあんまり好きじゃないこととか。そんなどうでもいいようで結構大切にしたいことを、たっくさん知ってもらえて、雪子さんのそういうことも知れたらいいなって思うんだよ。僕は、自分の気持ちを雪子さんに伝えなくていいと思っているし、慎一くんとも今みたいな兄弟みたいな関係でいいと思っているんだ。慎一くんのお父さんっていうのは僕より成瀬さんや響野さんの方が適任だって思うしね。
雪子さんには仕事仲間はいるだろう?でも、友達ってきっとあんまりいないよ。祥子さんとは仲良いけど、男は知り合いすらいないんじゃないかな。地道さんは…あれはちょっと違う…かな。よく分からなくなってきたよ。でも、僕は雪子さんと友達みたいに食事したり、映画をみたりしたいだけなんだ。



「結局はさ、久遠さんは少しでも母さんの特別になりたいんでしょ?それって、好きってことじゃない」


そうかもね

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