いつの間にか身長は追いこされていた。手のひらが、私じゃあ包み込めないくらい大きくなっていた。声が私よりも低くなっていた。そんなの、男の子なんだから当たり前よ。
だけど、私は、虎丸くんが変わらないことを望んでいる。





私を置いてけぼりにして、ずんずんと虎丸くんは歩いていた。待ってと言っても止まってくれそうにないから、ワンピースを揺らしながら、小走りをした。今日の試合で負けたからって、子供みたい。そう思いこんで、虎丸くんとの距離が一向に縮まないことは、胸の奥の方に閉じこめた。

「ちょっと、待ってよ」

声をかけるとこっちを見てはくれないけれど、案外すんなりと止まっていてくれる。なんだかむかつく。もっと子供らしく、してくれていいのに。
やっと追いついて、虎丸くんの手を握ろうと、彼の左手に少し触れたら、逆に勢いよく右手を引っ張られて気づいた時にはすっぽりと彼の腕におさまっていた。少し汗ばんだユニフォーム、私の頭を支える掌、つないだ右手。

「俺の家、来てよ」
「……いいけど」

顔を背けながら拗ねたように返事をしたら、腕をほどいて、右手はつないだままで、また歩きはじめた。ちょっと、はやいよ。ワンピースが揺れる、ゆれる。

この流れは、よくある。試合に負けるといつも私を家に呼んで、ごちゃごちゃした彼の部屋で、何をするでもなくぼんやりと二人ですごした。夕方になったら、美味しいオムライスをつくってくれて、私はそれを食べて家に帰っていた。だけど、最近は試合に勝っていたり、私が応援に行けなかったりして、最後にオムライスを食べたのはいつだっけ?ぼんやりとしか思い出せない。

「この前行ったのって、いつだっけ?」
「ずいぶん前だから、忘れたよ。」
「だよね」
「最近は試合、見に来てもくれないし。今日だって駅まで来てくれただけじゃないか」

少し、いじけたような声だった。手を強く握られた。温かくって少し骨ばっていて気持ちいい。昔は、私の方が前をずんずんと突き進んで、手だって身長だって私の方が大きかったのに、いつ追いこされてしまったんだろう。「見にきてほしいの?」「そりゃあ…」私、サッカーのルールとか、誰がうまいとか分からないから、意味無いと思うなあ…。前に行った時もボールを追うのが精一杯で虎丸くんがどこにいるのかもわからなくて呆れられたもの。それでも来てほしいって言ってくれるなら、行ってあげても、いいけど。





「えっ……」

あげてもらった彼の部屋は私が記憶していたのとはかなり違っていたのは、模様替えをしたとかではなく、置いてあったものが全て買い替えられたようで、見覚えのないものばかりだったからだ。「どうしたの」急に声をかけられて振り向くと、オレンジジュースの注がれたコップと飲みかけのアクエリアスをもった虎丸くんがいた。「あっ、いや…なんでもないよ」と言って部屋に入るけれど、私の知らないこの部屋に居場所はない気がして立ち尽くしていると、不思議そうに首を傾げて顔を歪めた。

「何してるの?」
「いやあ…、どこに座ればいいかなあって」
「…いつもはそんなこと訊かないでくつろいでるじゃん」

それもそうだ、テーブルにおかれたオレンジジュースの前に座った。まだ冷たいオレンジジュースの甘酸っぱさを感じながら考える。以前私のくつろいでいた部屋はこんな部屋ではなかったはず、もっともっと、こんなんじゃなくって、こじんまりしていて、居心地の良い空間だった。


「ずいぶん変わったね、この部屋も」
「あー…、全部小さくなってきちゃったからさ。」
「ふうん、」
「俺、大きくなったんだ。サッカーも、巧くなった」
「うん」
「わかってほしいんだよ…彼女だから、こそ」
「うん」


おれ、ちょっとシャワー浴びてくるね。虎丸くんは、私には到底できないような苦い笑みを残していった。私はコーヒーが苦手だけれど、虎丸くんは飲めるかもしれない。きっと虎丸くんの身体には痣や擦り傷がたくさんあるのだろう。そんなことをちらほらと思い浮かべると、鼻の奥がつんとして、思考がぐらりと揺らいだ。
前よりも大きくなったベッドに横になって、部屋に飾ってある写真を眺める。私との写真は一枚もない、サッカーの大会で優勝した時のものばかりだ。FFIのものから、見たこともない最近のものまで。トロフィーを掲げている虎丸くんの笑顔はなにも変わっていないけれど、さっきまで目の前にいた虎丸くんは昔とはずいぶん変わっている。

「あんまり変わらないでよ、虎丸」

追いつけないよ、私。私がついていける速度で、出来れば手を握って走って欲しいなあ。こんな台詞、恥ずかしくって、素直じゃないから言えないけれど、少しずつ頼っていけるようになればいいな。虎丸が年下ってことはどう足掻いたって絶対に変わらないことだけど、それでも虎丸は男だ。もっともっと大人になって、もし結婚なんてしちゃったら収入だって虎丸が上になって、私は虎丸を頼るしかなくなっちゃうんだから、もうちょっとだけ、大人ぶらせてほしいな。






ミルク