「花礫くん、」

短く名前を呼ぶと、彼はめんどくさそうに振り向いた。ごめんね、忙しかったでしょ。というと、別にっていいながら少し隣を空けてくれた。いつもより優しいね、


花礫くんのかばんはすごく小さい。だから荷物を全部積めたらぱんぱんになっちゃうのかといえば、そうでもない。花礫くんがここから持っていくものは、ほんとに少し。わたしならたくさん持っていっちゃうだろう洋服だって、制服があるからっていって2、3着しか持っていかないみたい。わたしならみんなとの写真とか、たくさん持っていっちゃうけど、やっぱり花礫くんのかばんはすかすか。

でも、たぶんだけど、花礫くんはわたしたちのこと、大切にしてくれてるの、知ってる。かばんはすかすかだけど、无くんからもらったニャンペローナの鉛筆はしっかり入ってるし、今つけているちょっと奇抜なゴーグルは與儀からもらったもの。平門さんにはたくさん相談してたし、ツクモちゃんがあげてた難しそうな本も読んでたし、イヴァ姉も喰くんもみんなみんな花礫くんとたくさんおはなししてた。でもわたしは、花礫くんとあんまりおはなしできなかった。花礫くんが怖くないってわかってたのに。気を遣わせることしかできなかった。


「ねえ花礫くん」

「……」

「ごめんね、」

「…なんで謝るんだよ」


だって、せっかく話しかけてくれても、うれしくてはずかしくて、すぐにどもっちゃって。花礫くんが溜息ついてたのも知ってるんだよ、わたし。
花礫くんともっとおはなししたかったな。


「それから、わたし、花礫くんに渡すもの、わかんなくて」

「別に、いらない」

「だ、だめだよ!なんか欲しいものあったら言って?」

「……じゃあ、欲しいものじゃないんだけど、」

「うん、なに?」

「………待ってて。」


待ってるなんて、当たり前じゃない。花礫くんがここに帰ってきてくれるなら、いつまでだって待ってるよ。
无くんはよく狙われちゃうから守んなきゃね。それから與儀は燭先生から逃げちゃうからちゃんと診察させる。ツクモちゃんはちょっと献身的すぎるから休ませて、イヴァ姉にはお酒を控えてもらって、平門さんと朔さんには礼儀ってものを学ばせて……
花礫くんに頼まれたんだから、がんばるよ。花礫くんが強くなって帰ってくるまで、みんなで待ってるから。わたしも花礫くんに負けないように強くなって。

おはなしできなかった分は、帰ってきたら話そうね



/バニラの革命前夜
39s深爪