「どうして私を起こしたの?」
「きみは知らなくて良い」

どうやってなまえの石化を解いたのか、その司自身はどうやって目覚めたのか、訪ねても返ってくるのは沈黙か、上述した通りの言葉だけだった。
彼に案内された洞穴は雨避け程度のものだが、人間の本能であろう、火が揺らめいているのを見ると心が落ち着いた。
司は道中手にしていた土器を持ったままなにも告げずにどこかへ行ってしまったが、どうやら行き先はそう遠くないらしい。
付いて行こうとその背を眺めていたが、彼はまたも無言の圧力をもって制してくる。
仕方なしになまえは洞穴の中で蹲っていることにした。

とはいえ、やはり疑問は尽きることがない。
石像の身体でありながら自分はものを考えることが出来ていたのだ、物理的に考えれば不可能ではないか。
それに彼はこう言った、今は人類が石化してから約3700年後の世界だと。
文明の廃れた現在に、暦を確認できる便利グッズなどある訳がない。
限りなく不可能に近いがただひとつあり得るとすればそれは、石化した当時から石化が解けてからを毎秒数えていなければそんな具体的な数字は割り出せないのだ。
外界の情報を一切遮断され、朝か夜か季節の移ろいすら知りようもない孤独な暗闇の世界で、そんなことを出来る人間など。
いる訳がない、という結論に至りかけた時、彼女の脳裏にただひとつ浮かんだのは。

「………千空、だ」

そのような人離れした芸当をやってのけるとすれば、彼の他にありはしない。
それは幼い頃から彼を見ていたゆえの過信にも近かったが、彼女に確証を持たせたのはそれだけではなかった。
司の石化を解いたのが彼なのだとすれば、石化を解く方法に辿り着いたのもまた彼であるということ。
そう考えればすべて合点が行く。

しかし、司は単独であるように見受けられた。なまえを目覚めさせておきながら、彼女が情報を得ることをやけに警戒しているような気もする。
獅子王司という人間を知るまでは、じっくり様子を伺う必要があるだろう。



司と行動を共にし始めてから約ひと月が経った。というのも、司から与えられた手に馴染む大きさの石器で洞穴の内壁に経過日数を刻むのが彼女の役割であった。
五芒星とその頂点を結んだ五角形が重なった図形を用いた画線法で、10ずつ数えてゆくものだ。
現在その星が三つ並んでいる。
この間、分かったことがいくつかある。
彼は3、4日に一度誰かしら人を復活させる。
ただでさえ人手が足りない今、可能であれば一度に何人もの石化を解除したいところである筈なのだ。
つまり裏を返せばそれが石像を復活させるのにかかる最低日数ともとれる。
その日数が何を意味するのか、ゲームにありがちなメンタルポイントなどのようなファンタジーでないことだけは理解していた。
なにせその法則を見つけたのが千空なのであれば、必ず科学を用いるのに違いない。

そして二つ目に、彼は優先的に石化を解きたい人間の石像を近くに集めている。基本的には屈強な肉体を持つ若者を中心とし、他は記者である北東西 南が持つ情報を頼りとした人選であった。
それにしても、彼らの中に30代以降と見られる人間がまるきり排除されているのが気にかかる。
肉体労働をさせるのならまだ動ける若い人間を、というのはいかにも合理的な司らしい発想であるが、しかし。
不自然な点は他にもある。
彼らが根城としていたこの岩山の周辺には、若者の石像しか見当たらないのだ。
少子高齢化と称されていた日本ではそれこそ異常な光景ではないか。
見当たらないのは高齢者だけではない、まるで剪定されたように二十代以下の人間に絞られていた。

「司はなにを……」

独り言ちているなまえの額に、その瞬間衝撃が走った。僅かな痛みであったが、不意を突かれた彼女は驚きから弾かれたように顔を上げる。
そこには悪戯っぽく舌を出して茶目っ気を見せる、司の熱狂的なファンであり敏腕記者でもある南が居た。

「なにするんですか」

指で弾かれた眉間に今度は皺が寄る。不機嫌そうに意図を訪ねるなまえの隣に腰を下ろすと、彼女は間延びした声で返事にもならない不満を零した。

「あーんもう司さんってばなんでこんなちんちくりん側に置いてんのかしら」
「…本人に聞きます、それ」

なまえ自身謎に思っていたことだ、司は常日頃から狩猟に出かける時と石像を集めに行く時以外、ほぼなまえを側に置く。
身辺の世話をさせるでもなければ女を求められる訳でもない、ただ普段している針仕事を彼の近くでしろと言われるだけのことだ。
が、常に目をつけられているようで心地が悪いのは勿論のこと、普段ならすぐ終わる仕事も集中力が乱れ効率が悪いのとでなまえにとっては非常に非合理的なことこの上ないのだが。
尤も彼曰く「きみの安全を保障しているんだ、何か問題かい?」とあの怖いほど淡々とした口ぶりで言うのだが、それに見合う対価を払っていないなまえとしては、その過剰な庇護が不気味でならない。

「代わってくださいよ、南さん」

他人の感情に関してだけは深く考えるのが不得手ななまえが気怠げに零した本音と共に、軽く頭が小突かれる。
出来るならそうしてるわよ。そう言う彼女はどこか呆れた表情を浮かべていた。

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