※キャラ崩壊


昇降口で朝の挨拶を交わしたり、廊下で昨日のバラエティ番組なんかについて駄弁っていたり、ホームルームの為に担当クラスへ向かう教師であったり。それらは毎朝の変わらぬ光景。
つまらなそうにそれらを横目に2年D組の教室へ向かう彼女もまた、毎朝の変わらぬ光景の一つに過ぎない。
ガラリ、音を立てて開いた扉の向こうで眉を釣り上げている銀髪の彼もまた、毎朝の変わらぬ光景であった。

「みょうじ貴様ァ…」
「おう。おはよ、ミッチー」

何ということはない。
こうして彼女が石田に怒鳴りつけられるのも、それを気の毒そうに眺める同級生達も、いつものことなのだ。
そう、彼がとんでもなく下らない理由で怒っているのも。

「昨日はよくも既読無視してくれたな!!?」



昨夜、学校の課題のことで当たり障りないSNSのメッセージをやり取りしていた石田とみょうじ(といっても、彼女はもはや適当にスタンプを送っていただけ)であったが、それは彼女が寝落ちてしまったことで終了した。
しかしどういうわけか、既に本題は終了していた筈であるのに石田は既読無視をされたこと自体が気に食わなかったのだと言う。
そんな些細なことでこう毎日朝っぱらから怒鳴られては敵わないのだが、良いことなのか悪いことなのか、彼女はもうそれに慣れてしまった。存外、石田の怒り心頭はそういうものだと割り切ってしまえば気にならないものだったということだ。

同級生達はそれを信じられないと言うが、その気持ちも決して分からなくはない。むしろ同意しかない。
当然、彼女もクラスメイト達がそうしていたように初めは石田と距離を置こうとした。がしかし、彼はどんなに避けようとも突っかかって来るのであるから、もう逃げること自体が面倒になった彼女は彼をどうこうすることを諦めた。
"心頭滅却すれば火もまた涼し"。
一年生の頃から変わらずそんな苦行を強いられてきた彼女はもはや悟りの境地に在るといっても過言ではない。

今も石田の怒鳴り声を右から左へと受け流しつつ、彼女は鞄の中からノートを取り出して机に突っ込んだ。
スマートフォンに視線を落とした今でさえ長く有難い石田の説教が降ってくるが、彼女はネットニュースに目を通しながら"石田は何処で息継ぎをしているのか"を考えて居る。
そうこうしているうちに朝のホームルーム開始を告げる鐘が鳴り、石田はまだ何か言いたげに眼光鋭くみょうじを睨んだまま自席へと戻って行った。
まるで手の付けられない凶暴な飼い猫に威嚇されているみたいだ。
内心でそんな感想を呟いた彼女の意識は、次の瞬間教壇に立つ担任の言葉へと移って行く。

「今日は皆に紹介したい人がいます」

フィクションの中でよく聞くフレーズだ。担任の勿体ぶる言い方に、生徒達は「転校生はよ」「女の子?可愛い?」などと声を上げ始める。
担任の言葉回しが新しい再婚相手を子供に紹介する母親みたいだな、なんてこの教室の中で考えているのはきっとみょうじだけである。ちなみに担任はまだバツも付いていない独身だ。
クラスメイト達の察しの通り、本日からこのクラスに転校生がやってくるらしいのだ。
担任に声を掛けられた人影は、ガラリと扉を開けてその顔を見せた。

ガタンッ、その瞬間勢いよく立ち上がったクラスメイトが居て、みょうじは音を立てた主へと視線を向ける。
音の方向からもしやとは思って居たが、ここはやはりと言うべきだろうか。
うるさいぞ、石田。
そんな皆の胸中など知らぬこと。もはや石田の目には教室に入って来た転校生しか映っては居なかった。
毎朝みょうじに怒鳴り散らしているのとは比にならないほど険しい表情で教壇の上の立ち姿を射抜く。
転校生の正体は、一見ただの爽やかそうな好青年ではないか。

件の転校生は石田の鋭い視線に気付きながら、にこやかにそれを受け止めた。

「久しいな、三成」



転校生の名は徳川家康。
話を聞く限り勉強も運動も得意で、前の学校でも生徒会に所属するなど教師陣からの信頼も厚かったのだそうだ。
爽やかで人当たり良好。からっとした笑顔が素敵だなどと言う女子も既にいたりして、早くも彼はクラスの人気者になりそうな予感がした。
誰かさんとはまるで正反対だ。徳川が日の下で輝く向日葵だとしたら、石田はさしずめ湿度の高い日陰に群生する菌糸類だろうか。
そう思って視線をずらすと昼休みになった途端にみょうじの前の座席をぶんどって居た"賊"と目があった。

「貴様いま、私を愚弄しなかったか…?」

彼は変なところで鼻が効く。そんなことに気付くくらいならばもっと、他人の迷惑というものを顧みた方が良いのではなかろうか。頭の片隅でそうはぼやいてみるが、みょうじは至って平静に否定した。
ふん、まぁ良い。と零しながら石田は、人集りが出来ているその中心人物を恨めしそうに睨め付ける。

「家康め……今度は一体何を企んでいる…」
「徳川くんてミッチーの知り合い?」

切れ長の目が今度は一旦彼女を映すとそれからまた眉間に皺が寄った。
震えるほど強く拳を握りしめて、憎悪の込められた瞳が床を見つめる。
普段は見慣れない表情に興味が湧いて、彼女は珍しく石田の言葉を食い気味に待つ。

「知り合いも何も…奴とは幼馴染だ」

心底不本意そうに吐き捨てられた言葉に、何故そこまでして彼が徳川のことを敵視しているのか気になった。
しかしまだ何か言い掛けた石田の口から言葉が出てくることはなく、代わりに彼らの傍に立った大きな人影の存在に気が付いて、彼は敵意を剥き出しにしたまま睨み上げた。

「家康ゥ……」
「そう睨むな、中学卒業以来だろう?」

仲良くしようと差し出した手を弾き返して依然威嚇状態を崩さない石田に苦笑を溢すと、徳川はみょうじに声を掛ける。

「…すまないな、みょうじさん。三成がなにか迷惑をかけてはいないか?」
「あー、いや…まぁ、そこそこに?」
「家康貴様ッよくも馴れ馴れしくみょうじの名を…!」

再度、ガタッと大きな音を立てて立ち上がった石田は徳川とみょうじの間に身体をねじ込む。
しばらく徳川と睨み合い(石田の一方的なものだが)をしていた彼は、それからくるりとみょうじの方を向くと彼女の肩をがっしと強く掴んだ。

「よく聞けみょうじ。家康に騙されるな」
「はぁ……」
「こいつは、私を裏切った男だ。それも一度や二度ではない。…あれは小学三年の頃…」

石田の瞳が、この時ばかりはこれまでに見たこともないほど真剣な眼差しをしていて、みょうじは思わず息を飲んでしまった。
唐突に始まった石田の告発にクラスメイト達の視線は徳川へと集中する。その表情は怒っているでも笑うでもなく、至って無感情で読めなかった。

「その日は運動会だった。徒競走で隣を走ることになった私達は、約束をしたのだ」

全員が唾を飲んで彼の話に耳を傾ける。次の言葉に誰もが耳を疑った。

「"共にゴールテープを切ろう。"と…しかし家康!貴様は私を裏切り、そして一等になった!何故なんだ家康!!答えろ!!」

真面目に話を聞こうとしたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど、それはあまりに下らなすぎる内容であった。
やはり石田クオリティ。
皆がそう呟いて頭を抱えていたが、激昂する石田を前に、徳川はといえばバツが悪そうに後頭部に手を添えると弁明の口を開いた。

「何度も言っただろう?あれはゴール直前で躓いて…」
「貴様…まだそんな言い訳が通用すると思っているのか!?まだあるぞ!!小学六年の時、共に小遣いを叩いて買ったゲームソフト…共に進めようと誓ったのに貴様は、自分が預かっておくと言いながら一晩でエンディングを迎えていた!!これを裏切りと呼ばずになんと呼ぶ!?」
「あれは、本当に済まなかったと思っている。…気になって眠れなくなってな、ほんのちょっとのつもりだったんだ」
「私は忘れんぞ、貴様が犯した全ての罪を。貴様は中学二年の時、……」

徳川への恨み辛みを吐き出してゆく石田に、すぐ近くでそれを聞かされたみょうじを含めクラス全体が恐れ慄いていた。本気でそれを徳川の罪として詰っていることに。
律儀にも一つ一つ石田に対応している徳川が気の毒になって、流石に見ていられなくなったみょうじは止めに入る。

「ミッチー。わかったから一旦落ち着こう」
「三成だから"ミッチー"か?良いあだ名だな」

どうどう、と暴れ馬を落ち着かせるように宥める彼女が口にしたあだ名が気になったらしい、徳川が彼女に話しかけるとそれだけで石田は益々聞く耳を持たなくなってしまった。

「…いや。"みみっちい"のミッチー」

彼女だけが呼ぶそのあだ名を、石田は少なからず気に入ってはいたから看過していた訳なのだが。
今となっては激昂してしまっている石田の耳にその真意が届くことはないのであった。

知らないほうが良いこともある

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