雄英高校ヒーロー科。1-A組の教室は筆記試験の結果に一喜一憂する声で溢れていた。
気怠そうに生徒一人一人の名前を呼んでは答案用紙を返却していく黒尽くめの担任は、どこまでも淡々とした声色で名前を呼び付けていく。

「みょうじ」

その名を呼んだ瞬間、彼の眉間に深い皺が刻まれたのを八百万は見逃さなかった。
しかし呼ばれた当の本人はといえば、へらへらと締りのない顔でこれまた緊張感もなく間延びした返事をして教壇へと向かう。
教卓に両肘をついて担任を見上げるみょうじの額が彼によって小突かれるが、本人は口を尖らせて反論をしているようだ。
明らかに彼女の不成績の為の不機嫌を全く隠そうともせずに彼は深い溜息を零した。

「おまえは全教科補習だ」

そんな言葉が八百万の耳に届いて、担任に釣られるように溜息を吐く。
不満の声を上げるみょうじに、クラスメイトからは励ましや同情の言葉を掛けられるが、渦中の人物はそんなもの聞こえていないとばかりに八百万の元へと一直線に駆けてきた。

「百ちゃーん!勉強教えて〜」
「ほんとうに仕方ないですわね、あなたって人は…」

いつもの光景ではあるが、毎度の試験結果の悪さに頭を抱えたくなる八百万はその胸に顔を埋めるみょうじを引き剥がしては呆れ溜息を吐く。

「おまえ八百万に勉強教わっててどうしたら毎回こんな成績が取れるんだ」
「あはっなんででしょう」

担任の口から溢れ出た純粋な疑問にぎくりと肩を強張らせる八百万の隣でおどけて見せるみょうじであったが、ほんの一瞬意地のわるい笑みを瞳に宿していたのを八百万は知っている。



放課後、寮に戻った八百万はほぼベッドが占領している手狭な部屋の掃除を終えると、換気の為に開け放していた窓を閉めるべく窓際に近づいた。ふと聴き慣れた愉しげな声がして下に視線を向けると、二つの人影が寮へと近付いているのに気が付いた。
みょうじと上鳴が仲良さげに談笑しながら歩いていた。肩が触れ合うほどの距離感で歩く二人は、側から見れば恋仲なのではと推測されそうな程だ。その姿を認めた八百万はむっと口を結び不満の色を瞳に湛えながらも、平静を保ったままゆっくりと窓を閉ざした。

彼女の部屋の扉を二度、雑にノックする音と共に「百ちゃんいるー?」と呑気な声が聞こえて来たのは、それから十分程度経過した頃だった。
平常心、とひとつ息を吸い込んでゆっくり吐き出す動作をしてから、八百万は先程まで座り込んでいたベッドから立ち上がり扉の向こうに返事をする。さらりとしたドアノブと指とが擦れ合う感触を感じると思えば、未だ力を入れていないにも関わらず其れは一人でに回り始めた。
掴んでいた其れを咄嗟に手離して一歩後退すれば、扉と壁の隙間から人懐こい笑顔を向けてくるのはほぼ毎日訪れる来客だ。

「やっほー百ちゃん」
「みょうじさん」

我が物顔で部屋へと足を踏み入れては、無遠慮な来客は一人で寝るには広過ぎる寝台にどさっと腰を下ろした。

「まぁた赤点取っちゃったー」
「自業自得ですわよ。きちんと勉強なさらないから…」

口を尖らせながら、彼女にしては珍しく厳しい言葉で突き放す。尚も飄々とした笑顔を貼り付けたみょうじの隣に静かに腰を下ろすと、その肩に重みが掛かるのを感じた。
「でも、」と言い訳のように続けるみょうじの柔らかな髪が八百万の頬を掠め、ほんの少しばかり擽ったさを覚える。

「勉強会にならなかったのは百ちゃんにも責任あるでしょ」
「…それは、」

唇が八百万の耳朶を掠めては熱い吐息に火照らされる。じんわりと顔が熱を帯びていくのを自覚した。視線は膝の上でスカートの裾を握り締めて離さない拳に固定されてしまう。

「ここで二人でいっぱいイイ事したじゃん…」

熱っぽい瞳に映る彼女を煽るように、態とらしい言い回しで囁く。
その誘惑と羞恥に耐え切れず、八百万は取り乱した様子でみょうじを突き離した。

「やっ…やですわ!今回はみょうじさんが強引だったから…」
「"みょうじさん"…?なーんかよそよそしいなぁ…百ちゃん」

ねぇなんで、どうかした、ねぇねぇ、としつこいくらい説明を強請るみょうじに、初めはそっぽを向いて拒否していた八百万も観念し渋々重い口を開いた。

「………さん」
「ん?」
「…上鳴さんと親しげに帰ってましたでしょう」

恥ずかしそうにぽつりぽつりと零す八百万の不機嫌の理由に、聞き出した本人は呆けた顔で其れを見つめている。

「それに、さっきは相澤先生に触れられてましたし…」
「…百ちゃん」
「私って、…心が狭いんですの」

不安そうにみょうじの双眸をちらりと覗き込む八百万は、心なしか瞳を潤ませていた。
そんな八百万の赤い頬を、ひんやり体温の低い掌が包み込む。

「私には百ちゃんだけだよ」
「…なまえさん」

そうして暫し見つめ合ったあと、ほんの一呼吸を共有する。
学生寮の一室。閉ざされた室内は、ふたりだけの秘密に満たされていた。

秘めごと

- 1 -

prev | next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -