「ファット、市内パトロールの時間です」

おうと短く返事をする豊満はすくと立ち上がってみょうじを見る。
彼女の瞳には若干の不満が見て取れたが、いつものことである為にもう慣れた。
自分と比べてあまりに小さな身体は数歩先を行く。ゆったりと歩いているだけでも遅れることは全くなく、彼女の三歩が自分の一歩で埋まってしまうのが面白くて、豊満は機嫌よく唇に笑みを湛えた。

道中、商店街を通れば店の主人達が豊満に声を掛けて来るのは、もはや恒例のこととなっていた。
律儀に一人一人と気さくに話をする豊満に、サービスと言って貢がれた食物の数々を抱えながら歩くのはもはやみょうじの役割と化している。
事務所へと戻って来る頃にはそれらの食物すべて豊満の胃の中に収められていて、みょうじは空になった容器をごみ袋に一まとめにしているところだ。
豊満とパトロールをするといつも荷物持ちをさせられることに、口を尖らせてぼやくみょうじはデスクに頬杖をついていた。

ファットガムは関西では特に人気の高いヒーローだ。事務所が近くならそれだけで市民は安心を得られるし、気さくで明るい豊満は好かれている。
人気商売であるヒーローにとっては良いことであるが、みょうじは少々複雑な気持ちであった。
豊満を好いているために、人望の厚い彼が多くの人から好かれることに多少なりとも妬いていた。
素直でない彼女にそれを口にすることは憚られたが、豊満はとうに気づいている。そしてみょうじ自身も、豊満が分かっていて受容も拒絶もしないことを理解していた。
事務所の内輪で起こる恋愛沙汰なんてマスコミの恰好の餌であるし、恨みを買って身内をヴィランに狙われるなんて事件もあるから、配偶者を持たないヒーローもいる。
だから、サイドキックとして側に居られるだけで良い。その筈であるのに、みょうじはやはり不服だった。

先程充分食べたというのに、豊満は自分のデスクに設置されたたこ焼き鉄板でひとりたこ焼きパーティをしている。
そんな様子をぼんやり眺めていると、豊満と目が合った。

「なまえも食うか?」
「ヒーロー名で呼んで下さいって何度言ったら…」
「ええやろ、俺が呼びたいんやから」

何度目になるのかも分からない注意をしていると、いつの間にか眼前に迫っていた豊満からそんな言葉をかけられてみょうじはぎょっとした。

「はい、あーん」

目の前に突き出されたたこ焼きと豊満との間で何度か視線を往復させてから、おずおずとそれを口に含む。
感想を求める豊満にみょうじは耳まで赤くしながら、熱いとだけ答えた。

カプセル剤

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