"同窓会のお知らせ"
そんな件名でメッセージが送られてきたのは、夏の暑さ残る九月のことだった。
雄英ヒーロー科のクラスメイト達はほぼ全員がプロヒーローとして活躍している為、日程を合わせるのは容易ではないが一応参加する気でみょうじは返事を送った。

高校卒業後、都市部から離れ地方のヒーロー事務所でサイドキックとして活動していたみょうじは、数年前独立して事務所を立ち上げていた。
プライベートや仕事を通して会っていた友人たちも居るが、ごく少数に限られ、結婚や出産を機にヒーローを引退した女友達も少なくはなかった。
みょうじはといえば、何人か付き合ってみたものの本気になれず結局今でも独り身だ。
そんな彼女には学生時代、片想いしている相手が居た。
しかしその頃は皆がヒーローになるという夢を叶える為に、進学してもヒーロー事務所に採用されても、色恋にうつつを抜かしていられる程余裕が無かったのだ。
そのまま十年以上もずるずると未練を持っているという訳では決してないが、その時みょうじは久しぶりに彼に会えるかもしれないと僅かばかりの期待を抱いていたことだけは確実だった。



同窓会当日、集まった人数はクラスメイトの半数程であった。その中に彼の姿がないことを確認して、みょうじは密かに肩を落とす。

「久しぶりだなァ、なまえ」

みょうじの名を呼び肩に触れた手は、今や人気ヒーロー"プレゼント・マイク"の名で活躍する山田のものであった。
学生時代はよく交流していた懐かしい顔に、みょうじは笑顔を取り戻す。
メディアで目にする時より数段階落ち着いて話す声が耳に心地よく、思い出話に花を咲かせた。
尽きない話のタネに、いつしか話題はみょうじの昔の想いびとへと移り変わった。

「今日来てないんだね、相澤」
「あぁ。来年新しいクラスをもつってことで、いろいろと準備があってな」

山田も相澤も、出身校である雄英の教師をしていることに尊敬の念を抱きつつ、やはりみょうじにも多少は羨んでしまう気持ちがあった。

「なんか凄いなぁ…」

何とはなしに呟いた一言に、山田の眉が一瞬ぴくりと吊り上がった。そんな様子に気付かぬみょうじは、構わず会話を続けようとする。

「相澤、元気にしてる?どうせまたゼリーばっか食べてるんでしょ」

何ひとつ変わってないんだろうなぁという推測をしながら笑うみょうじだったが、山田の口から発せられた言葉にその笑みは消失することになる。

「…なまえさぁ、まだあいつのこと好きだったりする?」

瞬時驚いたようにぱちくりと目を瞬かせるみょうじは、なんで知ってるの、とでも言いたげである。が、山田からすれば知らないわけがなかったのだ。
ヒーローという夢に向かってひたむきに努力をしていたあの頃。子供だったあの頃。相澤を目で追うその姿を、山田はずっと見ていたのだから。
周囲に気持ちがばれていたことが恥ずかしかったのか、俯きがちに目を伏せるみょうじの様子に思わず山田は焦燥した。

「会えたら嬉しいだろうけど…もう、好きじゃない」

と、思う。自信なさげに紡がれた返答ではあったが、山田の安心を誘う役割くらいは担ってくれた。

「そろそろ結婚とか考えたほうがいいのかなぁ」
「ンー、相手は?」

いない。
即答するみょうじに一気に上機嫌になる山田にも大人気ないという自覚くらいはあった。が、十年以上想い続けているという事実が何より彼を焦らせた。
勿論、愛した人に純情を捧げるほど純粋ではいられない彼にも名だけの恋人は過去に何人も居たが、心の奥底で求めているのはいつでもみょうじただ一人であったのだ。

「山田はどうなの」

だから、本来は話題を逸らすためにみょうじから投げられたブーメランに、自分でも驚くほど強気な言葉が口をついて出た。

「お前次第だな」

その意味を理解するのに数秒間が空いたが、みょうじは「何それ。どういうこと」とはぐらかそうとする。動揺を悟られぬようにする為か、無理矢理に酒を煽っていた。
そんな態度が気に食わなかったのか、山田は呆れたように溜息を吐いたかと思えばみょうじの手首を掴んだ。

「俺らもうガキじゃねぇんだぜ」



どうしてこんなことになっているのか、みょうじには理解できかねた。否、理解はしていたが、未だ納得出来ずにいた。
あの後、何やら機嫌を損ねたらしい山田に促されるまま同窓会を抜け出し、そう遠くない山田の自宅までタクシーで向かうことになったのだ。
あの会話好きな山田が、乗車時に行き先を告げる以外はずっと窓の外を見つめたまま終ぞ一言も喋らなかった。
只ならぬ空気に飲まれてしまって、みょうじも黙るほかなかったのだ。

到着した山田の自宅は自分の家より随分と綺麗で広く、その格差に少々妬みを抱いてしまうほど。
元々、ほぼ手ぶらであった山田は脱いだジャケットを黒レザーのソファの背凭れに掛けた。
カウンターテーブルが設置されたオープンキッチンにはあまり使用された形跡は見られず、まるで新品のように綺麗である。
部屋全体の照明はかなり控えめで、等間隔に配置された間接照明のせいかバーのような雰囲気を醸し出していた。
山田に促されるままカウンターに腰掛けると、テーブルを挟んだ向こうに何種類もの酒類が置いてあるのが見える。まるで本当に酒場みたいだ。
そんなみょうじの興味津々な視線に気がついたのか、山田は得意気に口角を上げた。

「飲み直すか」

深夜も一時を回る頃。流石に酒が回ってきたふたりは妙なテンションでぎりぎり成り立つ会話を続けていた。

「やっぱ告白しときゃよかった…」
「だァから俺が居ンだろって」
「でもそれとこれとはさ…」
「おい未練タラッタラじゃねぇーか」

そう指摘されれば否定はするが、やはり後悔するくらいなのだから多少の未練は残っているのだろう。
それが面白くないのか、山田はやけに冷めた眼差しでみょうじに詰め寄る。

「でさ、正直のとこどうなの」

マジなんだけど、俺。
そんな真っ直ぐな目を向けられるとみょうじは弱かった。
同窓会でかつての想いびとに会えなかったこと、望みがないかと思っていた結婚に対して予期せぬ人からアプローチされたこと、酒に酔っていたこと、そのどれもが理由を構成していたが、一番は山田からの一見プロポーズとも取れる発言に、彼女自身満更でもないと思っていることだった。
けれど、長年恋というものを自分とは縁遠いものと決めつけていた彼女にとって、山田への気持ちがもはや恋愛感情と呼べる代物なのか疑問であった。
だから、一度くらいなら。

「ためしてみる…?」
「…….それちゃんと意味解ってんの」
「子供じゃないんだから」
「止めろって言われても止めらんねぇよ?」

みょうじから発せられた前向きな返事は山田にとって予想外のものだったらしく、散々口説いておきながら何度も為される意思確認にもはやみょうじのほうが焦れてしまう。
良いって言ってるでしょ。
そう言って奪った彼の一呼吸ののち、みょうじの身体はしっかりと山田に抱き寄せられてしまう。
決して逃げられないように。けれど割れ物でも扱うような優しく込められた力に、その体温に、みょうじはいつまでも身を委ねていたいと思った。

極夜が明ける

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