学生寮に入寮してから三日が経った。
A組の生徒達は、ヒーロー活動認可資格の仮免許を取得する為必殺技の考案に明け暮れている。
停学中であるみょうじをただ一人除き。

彼女はこの三日間、食事を摂る以外はほとんど部屋で一人、ぼんやりと窓越しの空を見つめながら思案していた。
砂糖が昨日、食べろと差し入れてくれたケーキをフォークで突き、その一欠片を口に運ぶ。

「あまい…」

普段甘いものをあまり好きこのんで口にしない彼女には生クリームが少々重たく感じた。
半分残った其れにまたラップを掛けて冷蔵庫にしまうと、座卓に頬杖をつく。

ふとした瞬間に過る、死柄木の瞳に宿った孤独が忘れられない。
自分は運良くヒーローを目指しただけで、もしかしたら自分にも彼のようになる未来があり得たのかもしれない。
そう思うと、力を使うことが怖くなった。
本当にこのまま、何事もなかったようにヒーローを目指していいのだろうか。父と母の個性で。
両親は心中などするような人達ではなかったと、雄英に入り自分が立派なヒーローになることで示したかった。
けれど真実を知った今、そんな資格が自分には果たしてあるのだろうか。
一体この先どうしたらいいのだろう。
わからない、どんなに考えても。

ついまた涙が滲んで来そうになった時、携帯端末が短く震えた。
液晶画面を確認すると、皆で昼食を食べないかとの誘いが来ている。
時計を見れば、もう訓練場はB組と交代の時間を過ぎていた。寮には既にA組の生徒達が戻っている頃だろう。

今は思考が纏まらずまともに話せる気はしなかったが、一緒に昼食を摂るくらいならと思って応の言葉を返した。
エレベーターホールを出て1階のキッチンに行くと、A組の生徒達で騒がしく昼食の用意をしている様子が目に入る。

皆とは言っていたが、まさか本当にクラス全員とは思わなかった。
いつもは各々適当に食べているのに、どうして。
そんな疑問を抱きつつ降りてきたみょうじの姿に気が付いた芦戸が声を掛ける。

「みょうじ!」
「三奈ちゃん、どうしたの皆…」

困惑するみょうじへ、彼女はにっ、と歯を見せて笑う。
それからテーブルソファの一席にみょうじを座らせると、いいから待っているようにだけ告げた。
ひとつ席を挟んで隣に座っていた常闇に事情を聞いてみるが、腕を組んだまま彼は自分からは言えないという旨の返答をする。

結局人数分の食事がテーブルに並ぶまで、みょうじは与えられた席でクラスメイト達が狭いキッチンに屯しているのを眺めることにした。

レシピブック片手に秒単位の指示を出す八百万、それを聞かず勝手に調理を進めようとする爆豪、鍋の中身を焦がす切島。
食材で遊ぶ葉隠に、足りない材料を買い出しに行く緑谷と尾白。洗い物をする蛙吹とそれを布巾で拭く麗日。
味見をする飯田と、それに便乗してつまみ食いをする上鳴、峰田。そして彼らに耳郎のイヤホンジャックが制裁を加える。
テーブルに食器を並べて行く口田と瀬呂、テーブルの片隅で煌めいている青山。
共用の大きな業務用冷蔵庫の中から、砂糖が作ったデザートを運び出す障子と轟。

クラスメイト達が何やら楽しそうに昼食の準備をしているのを彼女はぼんやりと眺めていた。
テーブルの上にビーフシチューとサラダ、デザートのプリンが並ぶ頃には皆腰掛けており、みょうじは何もしないままで良かったのだろうかとほんの少しの罪悪感と疎外感に襲われる。
皆が何を意図しているのか分からないままに、芦戸による「いただきます」の掛け声と共に手を合わせた。

「おいしい…」

ビーフシチューが好物な飯田が監修しただけあり、それはとても美味だった。
お店の味とまではいかないが、きっとそれはみょうじが昔に嗅いだ匂いに似ている。
どこか懐かしい味。
ビーフシチューを母親に作って貰ったことがあったかどうかなどもう記憶の彼方に忘れ去られてしまったが、みょうじには懐かしいように思えた。
まるで小学校の給食のようにテーブルを寄せて、種類の違うソファがちぐはぐにその長方形を囲んでいるのが可笑しい。
何故か目頭が熱くなったが、涙が溢れないよう努めた。
たくさん瞬きをして引っ込めた涙と、堪えたせいか鼻水が微かにず、と音を鳴らす。

食べ終える頃には涙も鼻水も気にならなくなって、けれどやはり砂糖の作るデザートはみょうじには重たかった。

「ごちそうさま」

すごく美味しかった、そう溢すみょうじを中心に、クラスメイト達の視線が集まる。
みょうじの向かいに座っていた爆豪はもう既に食事を終えていたようで、ソファの背もたれに肘を掛けている彼と目が合うと即座にその瞳が横にずれた。
それから隣に座っていた上鳴がみょうじの顔を覗き込むと、嬉しそうな顔をした彼が言う。

「作った甲斐あったわ!」
「あんたは作ってないでしょうが」

耳郎の的確な指摘を受けるが、上鳴は物ともせずに悪気のない口を開いた。

「いやさ、俺らみょうじが少しでも辛いこと忘れられるようにと思って…」

上鳴の言葉の瞬間、空気が冷たくなったのを感じた。
口を滑らした、そう言いたげに咄嗟に口を噤んだ上鳴の目にみょうじの感情を伺うような色が見える。
気まずそうな表情を浮かべるクラスメイト達の顔を見て、きっとそれは自分には告げない約束だったのだろうと彼女は察した。

クラスメイトには個性のことも、ニュースで知った両親のことも周知の事実な筈なのに、自ら口にしなかったことで皆はどこまで踏み込んでいいのか分からなかったのだろう。
余計な気を遣わせてしまった。
そう、思ったのは事実だったが、本人ですら見落としていた傷を、確かにその言葉は抉ったのだ。

「その、ずっと隠してた訳じゃないんだよ。言う機会がなかっただけで…」

瞼を伏せ膝の上で落ち着きなく両の手の指先を重ね合わせながら言葉を探すみょうじは、それから顔を上げて、だから。と続ける。

「大丈夫、だよ」

大丈夫。もう一度そう繰り返して笑ったみょうじの表情は、まるでいつもの変わらぬ笑顔だった。
笑顔のよう、だったのだ。
みょうじの言葉を鵜呑みにしたクラスメイト達はその瞬間安堵の表情を見せたが、彼女の向かいに座っていた男の無骨な手が乱暴にみょうじの胸倉に掴みかかった。

「ッおい爆豪!!?」

咄嗟に爆豪を抑える切島と、みょうじを彼から避難させる上鳴によって距離は保たれたが、依然として爆豪は彼女を鋭く睨み付けたままだ。
何が起きているのか理解できないクラスメイト達の中で、きっと緑谷と轟だけはその怒りの理由に気が付いた。

「…その不細工なツラ止めやがれ。見ててむかつくんだよ…大体てめぇはいつまでもウジウジウジウジうざってぇ…他人の個性だぁ?」

みょうじが彼の言葉の意味を考えるより先に、爆豪の苛立ちが口をついて溢れ出す。

「死んだ奴にまで遠慮してんじゃねぇ!」

憤りに任せて言葉を吐き出した瞬間、大きく見開かれたふたつの瞳から透明が伝うのを見て、彼は総ての思考を止めた頭の中で彼女がその場から立ち去る音を聴いた。

くちなし

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