恋し恋しと鳴く蝉よりも

鳴かぬ螢が身を焦がす―――。











夜も深まった時間。
丁度今日は満月が良い具合に窓から姿を表し
その風情有る景色をつまみに一人月見酒を楽しもうとしていると

「なぁに一人酒なんて寂しい事してんだい?」

満月をかき消す程に黒々とした漆黒の髪を流す彼が、窓から姿を現せた。

「…また貴方ですか」

「そう邪険にしなさんなや。
可愛い顔が台無しだぜ?」

「こんな十人前な顔捕まえて何言ってんですか
というか、窓から入ってこないでください。
行儀の悪い」

「おーおー。手厳しいこった」

窓から現れたこの人は朱鷺〈トキ〉さんという遊び人。
俺の家に居候していて、夜になるとフラリと何処かに行ってはフラリと帰ってくる自由気ままな人だ。

「で、今日は早いお帰りですね。
その顔でも今夜は引っ掛かる女性が現れませんでしたか?」

皮肉めいた言葉でまた酒を煽ると、彼の居る方からくっと喉で笑う音が聞こえる。

「まさか。今日も色んな子にお声は掛かったけどねぇ
こぉんな綺麗な満月の夜だ
螢と一緒に呑みたくなったのさ」

窓枠からヒラリと体を離し、部屋へと上がり込む。
俺の酒瓶を手に取り直接口を付けて呑む姿に眉根を寄せるが、それも艶やかな笑顔ひとつで流されてしまった。

「何してるんですか。
猪口ぐらい自分で持ってきて下さい」

「堅てぇコト言いなさんなって
良いじゃねぇか嫁入り前の生娘じゃあるまいしどうってこたねぇだろう?
それに……」

言葉を不自然に区切ったと思うと、朱鷺さんの綺麗な顔が俺のすぐ側に有って
掠める様な口付け。

「もうこんな事もしてる関係だ。
今さらあれ位何でもねぇ事じゃねぇか……っ」

直後に乾いた音が部屋に響き、掌が少し痛い。
朱鷺さんもその白い頬を僅かに朱に染めて、一瞬驚いた様に目を見張ったけれど、すぐに楽しそうに目を細めた。

「相変わらず、懐かない猫みたいだねぇ螢は」

「俺をそこらの女と一緒にしないでください。
それに、俺は衆道の気はありませんと何度言ったらわかるんですか?」

いつもいつも好き勝手に人の唇を奪っていくこの人にもう何度目になるかわからない程に吐き捨てた言葉を告げた。

それでも朱鷺さんは全く気にした風でも無く、にんまりと唇を歪めながら笑い
その笑顔に不覚にも背筋がゾワリと甘く粟立つ。

「何度言われても諦められないからするんじゃねぇか。
つれないお前をどうやって俺のモンにするか……考えるだけでゾクゾクするね」

「悪趣味だ……」

俺が吐く悪態全て笑顔でいなし、再度口付けようと顔を近付けてくる朱鷺さんの形の良い唇に手を添える事で防ぎ立ち上がる。

「これ以上貴方と会話をしていると疲れそうだ」

そう言って、廊下に繋がる襖を開けて部屋を出る。
ぴしゃりと普段より幾分かきつく上がった襖を閉める音が響くと同時に、朱鷺さんが俺の名を呼んだ気がしたけれど気付いていないフリをした。

「はぁっ……」

襖一枚と言えど彼が居る空間を隔てる事が出来てそっと息を吐く。
それと同時にじんわりと自覚しだした頬の熱に、この熱が彼に気付かれていないかと不安を覚えた。

(部屋は月明かりだけだったから大丈夫だとは思うけど……)

この熱と想いだけは気付かれてはいけない。
きっと気付かれた瞬間にこの想いは霧散してしまう事になるから。

「朱鷺さんは俺で遊んでるだけだ……
靡かない俺を振り向かせる為に今は遊び半分で躍起になっているだけ」

ギュッと胸元で拳を握り締めて高鳴りそうになる自分の心臓を戒めた。

あんなに綺麗な人が俺を好きになるはずが無い。
だから期待してはいけない。
俺が勘違いをして彼の想いに応えた瞬間、きっとこの恋は終わりを告げる。
靡かない俺が彼に靡いてしまった時点で彼の遊びは終わってしまうのだ。

なら、この胸に巣食う行き場の無い想いが募っていく度に胸が苦しんでも
彼からの戯れの言葉に喜びそうになる心に歯止めを掛ける度に心が軋んでも
俺はこの想いが淡く薄らみ消えてしまうまで
彼に想いは告げない事に決めていた。

「鳴かぬ螢が身を焦がす……か…………」

溜め息混じりに漏れた声は空気に薄く溶け
俺は長唄に出てくる自分と同じ名を持つ虫を思った。

なあ。
声も無く淡く身を焦がし愛を乞う螢よ。
お前が灯す光を少しでも良いあの人に届けておくれ。
俺の想いをほんの僅かで良い、彼に届けてくれるだけで
吐き出せる筈のないこの想いが少しだけ報われる様な気がして
自嘲の声と涙が零れた。






遊び人→←平凡。
和風な感じの話が書きたくて見事玉砕とかそんなっ…

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