(1/1)
今年もこの季節がやってきてしまった。何もしたくない。一旦入ってしまえば全てのやる気を奪われるどころか、何もかもがどうでもよくなってくる。そう、魔の空間とは“こたつ”のことである。
「喉渇いたなあ…」
こたつの中でもそもそと寝返りを打ちながら呟いた。もう何時間こうしているのか分からない。さすがに喉も渇いてくる。というか、パサパサだ。目だって乾いている気がする。でもめんどくさいんだよなあ。
「ったく…」
もそりとわたしが寝ている反対側の布団が持ち上がる。翔がこたつから出ていったのだ。あいつは本当に人間なのだろうか、魔の空間の力に支配されていないようだ。
「んん、どこいくのぉ…」
翔に話しかけたつもりだったけど予想以上に眠そうな声が出た。声もガラガラしてるし、本当に水分を欲している。でも眠たいしなあ、このまま寝ちゃおうかなあ。翔から返事がないし、もういいや、目ぇ閉じちゃえ…。わたしがすっと目を閉じると、わたしの頭上の布団が捲られた。
「おい、寝るな!寝〜る〜な〜!」
「んん…?」
「何回寝る気だよ、風邪引くぞ」
翔だ。右手にはわたしのマグカップを持っている。
「あ…喉渇いた…」
「一旦起きろ、じゃなきゃやんねーぞ」
「鬼か」
こたつからは出られないのでここまで飲み物を運んでくれたことは素直に感謝しよう。このまま起きなかったら干からびて死ぬかもしれない、仕方なくわたしは起き上がった。くああ、と大きな欠伸が出る。それを見た翔は口許を引き攣らせながらわたしにマグカップを渡してきた。
「色気のないやつ」
「どーも。お腹空いたなあ」
「ほんとに食うか寝るかだなお前…太るぞ」
「冬に向けて蓄えてんの。今日のご飯なあに」
「たまにはお前が作れよ」
「そうだ親子丼、こないだ作ってくれたのすごく美味しかった!また作って」
「…分かったよ」
翔は照れ臭そうにぼりぼりと頭を掻きながらキッチンへ向かっていく。間違いない、翔にはこたつの力が効いていない!日頃可愛すぎるとは思ってたけどまさか人間じゃなかったなんてなあ、天使か何かなのかな。起きて紅茶をすすっていたら背中が寒い気がしてきた。頭が重い。わたしは引き摺り込まれるように再び魔の空間へ潜り込んだ。あったかい。翔が何か言ってるような気がするけど聞こえない、あ、眠たい。
「だから寝るなって言ってんだろ!」
バッと布団が捲られた。眩しい。
「うわあ、鬼!」
「鬼で結構、起〜き〜ろ〜!」
「親子丼できたの?」
「おう」
「早すぎ…じゃあこたつで食べようよ」
「食ってすぐ寝る気だな」
「うん…」
嘘はつけない。素直に頷いたら、うんじゃねえよとデコピンされた。翔はこたつからわたしの体を引き摺り出す。寒い。生きていけないかもしれない。
「うう…ほんとに寒い…」
「…」
「鬼だ!こんな寒いのに!」
「…あー」
翔はわたしを引き摺り出し終わると急に耳元で声を漏らした。それからぎゅっと後ろから抱き締めてくる。こたつの中に居座っていたわたしより少し冷えている衣服。でもわたしの後頭部にくっつけられた翔の顔は少しあったかかった。
「え、どうしたの」
「いや寒いっつーから」
「…」
「…」
「…え?」
何言ってんの?とつい口に出しそうになった。童貞脳を拗らせた翔の行動は常に不思議だ。寒いからって体をくっつけるなんて意味分からなすぎるでしょ、室内だし、こたつだってあるし。
「く、来栖さん?」
「…るせ」
翔の腕に力が籠る。そういえば久しぶりに抱き締められた気がして、まあいいかと翔に体重を預けた。こたつに比べたら寒いけど翔の気が済むなら待ってあげよう。翔が耳元を息を吐いた。
「最近お前、こたつばっかだよな」
「うんまあ」
「いつも寝てるから、その…いちゃいちゃできねえだろ」
「は…」
いちゃいちゃ!
何を言い出すかと思えばそんな可愛いことを言ってしまうの。本当に天使だし童貞脳拗らせてて可愛い。
「ま、まさかそれでこんなことを」
「こんなことって何だよ」
「いや何でも…」
室内で寒いを口実にくっつくのは確かに(ふたつの意味で)かなり寒いけど、こんな可愛いこと言われたら喜ばない彼女はいませんよ。かなり寒いけど。
「最近構ってあげられなくてごめんね…今日からもっと構うからね…!」
「…ほんとだな」
翔は嬉しそうに呟くと腕の力を抜いた。振り向くと予想はしてたけど唇を尖らせた翔の姿。可愛い以外の何者でもない。
「ご飯にしよっか」
「おう」
ご飯食べたらたっぷり可愛がってあげよう。
おいしいご飯をたくさん食べた後、翔がせかせかとお皿を洗っている間にわたしはまた意識を手離し、翌日むくれっ面の翔に謝ることしかできなかった。
--------------------
…って寝てんのかい!とツッコミを入れながらすやすや眠る夢主ちゃんをベッドに運ぶ彼氏力高い翔ちゃんを想像しながらこたつで眠る日々です。
( 戻 )