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「く、くるしいよお…」
まただ。名前はいつも唐突に苦しみ始める。胸辺りの服をぎゅっと握りながら切なげに俺を見つめてくる。
「翔ちゃん…助けて…」
名前が俺の隣に来て俺の腕に頬擦りをした。くるしい、くるしいと譫言のように繰り返して俺を見つめる。すごく可愛いとは思うけど。
「…ほら」
俺が腕を広げると、名前は俺の膝に跨がってくる。俺と向かい合うように上に座り、俺に抱き着く。耳元で、名前の弱々しい声が繰り返し聞こえた。
「すき…すきなの…翔ちゃんすき…」
名前には月に1度こういう時期がある。最初は何に苦しんでるのかと心配になったけど、慣れてからは可愛いなとしか思わなくなった。俺のことが好きすぎて苦しくなるなんて、相当愛されてんだと実感する。
「翔ちゃんもう無理だよ…隠してらんない…」
「辛いのか?」
「うん…だって自分の中にこの気持ちを収めとくと苦しくて潰されそうなの…誰かにのろけて溢れさせたいの…」
「うーん…」
アイドルは恋愛禁止という決まりが名前を苦しませているらしい。本人曰く、誰かに気持ちをぶつけられたら少しは苦しさも紛れるんだそうで、でもそれは許されることじゃないから俺は名前に我慢をさせ続けている。申し訳ないけど。
「ほら、俺が聞いてやるから」
「ん…」
名前の頭を優しく撫でる。名前は少し体を起こすと俺の顔を両手で包んだ。うっとりとしたその表情は欲情してるときの顔と同じだ、なんてぼんやり考える。
「あのね…翔ちゃんが大好きなの…」
「うん」
「このぱっちりおめめも好き、小さなお鼻と、つやつやの唇も好き、耳も可愛いの、ピアスも可愛い」
「うん」
可愛いと言われて気分のいいものじゃないけどこういう時期には反論しない。例え俺であっても否定されると侮辱された気分になるそうで、前に泣かれたことがある。
「首も細いでしょ、それから鎖骨、美味しそうなの、指はごつごつしてて男の子なの、爪はいつも綺麗に塗ってあって、綺麗に切ってあるね、それから、」
名前は一瞬俺の膝に視線を落としてから急に顔を上げた。目が合う。幸せそうに細められる。
「この声、低くて優しくて好きなの、すごく落ち着くの」
「声が?」
「うん、大好きなの、大好きで…それから、それでね、」
名前は再び俺に抱きついて興奮しきった顔は見られなくなったけど、耳元で微かに聴こえる小刻みな息遣いと俺の膝でほんの少し揺れてる腰で興奮が続いているのは分かる。名前は俺の項を指でなぞる。
「翔ちゃん…好き、すきなの…こわいくらいに好き」
「俺も、」
「いいの、言わないで、今日はわたしが好きなの、わたしが好きって言うの…」
「分かった」
名前はキスを求めてくるわけでも、それ以上を求めてくるわけでもなくただ俺の耳元で言葉を囁いて腰を動かしていた。素直に抱かせてくれるよりずっと可愛くて、ずっと拷問だ。
「翔ちゃん明日何時に起きる?」
「昼から撮影だから9時くらいかな」
「そう…じゃあもう寝よう」
「うん」
今日はしないのか、と残念に思いながらも体を起こす名前を見上げた。名前の顔は相変わらず興奮を隠せていないのに、辛くないのかなって思う。でも手ぇ出して泣かれても困るからこの不安定な時期は誘われない限りそっとしてる。…すげえ拷問だけど。
「ねえ翔ちゃん、今日は手繋いで寝よっか」
「安心するのか?」
「うん、安心するの」
ベッドに入ると名前はすぐに俺にすり寄ってきて、指を何度も絡めながら幸せそうに鼻をくっつけた。俺は、このまま寝たくないんだけど…。
「おやすみなさい、翔ちゃん」
暫くして名前は満足したように微笑むと、手だけ繋いだまま目を閉じた。今日は本当にこのまま寝るみたいだ。俺は少し口を尖らせる。
「おやすみ、また明日な」
この発情期が、早く終わりますように。
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レンさまに相談してみたところ、ただの生理期間だそうです。
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