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※主人公視点




6月9日、土曜日。
することもなく小雨が窓を叩く音を静かに聴いていた。翔ちゃんの次のシングルは切なく甘い歌にしてみようか、なんてぼんやり考える。

「はぁー…、」

やることが、ない。
翔ちゃんはここにいないから。




(( 世界一の幸せ者 ))




ST☆RISHは今や日本を代表するくらいのアイドルグループだ。どのテレビ番組にも引っ張り凧。今日もバラエティー番組の撮影でST☆RISH全員で夜まで帰ってこない。それを告げられたのは昨日のこと。

翔ちゃんの誕生日は何をしよう。ケーキを作ろうかな。お出かけしようかな。プレゼントはどうしよう。シルバーアクセとかどうかな。帽子でもいいかもしれない。翔ちゃんは何がいいのかな。喜んでくれるかな。
全部、なくなった。

別にいいよ、分かってるもん。翔ちゃん、人気者だもん、分かってる。我慢しなきゃって思ってる。
でも。

“翔ちゃんは私1人のものじゃない”

不安で押し潰されそうになるときがある。翔ちゃんのファンは皆若いし可愛い子ばっか。私なんか、こんなんで、作曲がなかったら翔ちゃんと関係すら持てなかった。

じっと携帯を見つめた。午後1時。

「まだまだじゃん…」

1人では広すぎる空間に小さく響く自分の声。ちょっと前までは返事があったのに。

「…もういいや、ケーキ作ろ」

思い腰を上げ、やっとキッチンへ立つ。何かしていないと、おかしくなりそうだった。

ケーキはもともと作る予定だったので材料はある。気力がないだけ。仕事だからしょうがないと何度も自分に言い聞かせ、テレビをつけた。どのチャンネルだって、画面の向こうには翔ちゃんが映っている。

『今回の曲は熱いラブソングって感じでしたねぇ。翔くんにとってどんな曲なんですか?』
『これは大事な人への気持ちが全部詰まってて、なんつーか、今の俺のありのままを歌った曲なんです』

あーあ、翔ちゃんまたあんなこと言っちゃって。恋人がいるような発言はファンが傷つくだろうし、何より事務所から怒られるよ。司会者だって困ってるじゃない。
だめだって分かってるけど、ちょっと嬉しい。ううん、かなり。
にやつく口元を押さえ、またケーキ作りに戻る。テレビはつけたままだ。

『それでは聴いてください!来栖翔がお贈りします――…』

翔ちゃんがダンスの練習をいっぱい頑張っていた曲が流れた。ここのターン、苦戦してたなあ。にやつく口元はそのまま、私はカシャカシャと卵を混ぜた。











午後11時40分。
分かってた。だって夜までって翔ちゃん言ってたし。分かってたけど。

「遅いよばかぁ…」

もう、誕生日終わっちゃう。でも翔ちゃん帰ってこないんだもん、何もできない。ただテレビを見るしかできない。バラエティー番組で先輩にいじられてる翔ちゃんをぼんやり眺める。可愛いっていつもは思うけど、今日は何も考えずに見つめていた。何も考えられない、の方が正しいのかも。

ロケ地で待ってたファンの子は翔ちゃんにお祝いできたんだろうなあ…。
じわわって涙が出る。違うの、泣いたら負けなの。でも、だって、翔ちゃんのばか。翔ちゃんはただお仕事頑張ってるだけ、だけだけど、翔ちゃんばかなんだもん。ばか。
ごしごし目を擦ってたら睡魔が襲ってきた。寝たらだめだけど、きっと起きてても翔ちゃん帰ってこない。だめ、寝ちゃだめ、あ、目開かない、どうしよう、瞼が。ソファに身を任せたらもっともっと睡魔。だめなのに、意識がスゥーって遠くなる。気持ちいい。

「……ん、」

唇に、ちゅって。
…ん?
なんか、きもち、い。

うっすら唇を開く。ちゅっちゅって唇吸われて気持ち良くて、いつもみたいにした。そしたらいつもみたいにぬるって舌が入ってくる。あったかい。気持ちいい。私、これ、よく知ってる。

「ん、ん…っ」

ぐいってほっぺを持ち上げられた。あ、この手、好き。手に自分の手を重ねて必死にキスに応える。舌吸われてぐちゅぐちゅされてる。唾液、こぼれそう。
くらっと軽い酸欠を起こしそうになった瞬間、ちゅぱってやらしい音と共にやっと唇が離れた。涙まみれになってる目をこじ開けると、正面にはちょっとえっちな顔をした翔ちゃん。

「しょお、ちゃ」
「ただいま、遅くなって悪かった」

紅潮してる翔ちゃんは色っぽくてえっちでかっこいい。翔ちゃんのおっきい手を握って、ちらりと時計を見たら、午前0時2分。

「遅いよ、ばか…っ」

ぶわわわって、涙。
過ぎちゃった。翔ちゃんに誕生日プレゼントあげられなかった。
そりゃあさ、おめでとうっていうのは朝言ったけど、プレゼントはまだだったんだもん。翔ちゃんに喜んでほしかったのに。

翔ちゃんはちょっと困ったように眉を下げたあと、袖で私の目を擦った。涙で濃くなった生地の色。

「遅くなってごめん…」
「…うん」
「寝てても良かったのに」
「…うん」

でも。
口を開く私に翔ちゃんは首を傾げた。可愛い。

「お誕生日、」
「あぁ」

なるほどって顔。
翔ちゃんのばか、やっぱりばか。私が祝うの忘れるわけないじゃん。

「プレゼント、昨日中に渡せなかった」

ブスッと唇を尖らせると翔ちゃんはクスッて笑ってその唇を親指と人差し指でつまんだ。無邪気に笑う翔ちゃん、すごく可愛い。

「ばーか。プレゼント、もらっただろ?」
「え?」
「ぎりぎり誕生日中に、あつーいキス」

ニッと笑われた。翔ちゃん何でこんなにかっこいいの。きゅん。

「寝てる間にちゅーするとか、」
「どうしても欲しかったんだ、プレゼント」

責めようって思ったのに、翔ちゃんずるい。どうしても欲しかったなんて言われて怒れるわけがない。翔ちゃん、好き。

思わず翔ちゃんの首に腕を回す。ぎゅうううってしたら翔ちゃんもぎゅうううってしてくれた。その間にも耳にちゅってキスされて。

「俺、お前がいたら何もいらねえよ」

ああ、私、世界一幸せだ。
確かに翔ちゃんは皆のアイドルかもしれない。
でも、こんな素敵なアイドルに愛してもらえるの、私だけだよ。すごく幸せ。

「翔ちゃん、ずるいよ、好き」
「俺も好き」
「翔ちゃん好き、好き、好きなの、」
「知ってる、俺のがもっと好き」

ぎゅうううって翔ちゃんの腕に力がこもる。私の誕生日じゃないのに、こんなに幸せになっちゃった。

「お前のこと、欲しい。これからもずっとお前が欲しい」
「え、」
「わり、その…嫌じゃなかったら、なんだけど」

照れ臭そうにはにかんだ翔ちゃん。きゅううん。そんなこと言われなくても一方的にあげるのに。

「私でいいの?」
「ばか。お前じゃなきゃだめなんだけど?」

脚の間に膝を割り込ませて、翔ちゃんはどさりと私の体を倒す。

え、…え?

「しょぉ、…?」
「もちろん体も」

照れ臭そうなのに真剣な眼差し。ぎらぎらしてる。余裕なさそう。

「え、え、」
「お前が可愛いから、その…」

気まずそうに目を逸らすから、勃っちゃったの?って聞いたら、ちゅーされた。強引なちゅー。照れ隠しのくせに可愛くない、すごくえっちで、かっこいい。






この先も、ずっと、ずっと。
私の全部は翔ちゃんのもの。
翔ちゃんは皆のものだけど、2人のときは私だけのものだから。

「ん、名前…っ」
「、うん…?」
「ッ、すげ、好き…!」

こんな翔ちゃんも全部、私だけのもの。




END

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忘れられたケーキを次の日冷蔵庫で発見して赤面する翔ちゃんまで書きたかったけど体力がありませんでした。しのくる皆おめでとうですが翔ちゃんしか書けなかったのも申し訳ないです…。翔ちゃん大好きですうふふ。名前様、お付き合いありがとうございました。

20120609
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