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彼は怠そうに煙草を銜え直した。
「はい、じゃあHR終わり。日直係は後で俺のとこへ来ること」
そう言ってさっさと教室を出ていってしまう。それなのにまだボーッとしている彼女を見つけ、お妙はクスリと笑った。
「名前ちゃん、もうHR終わったわよ」
「ん、あ、えっ?!」
「もう、聞いてなかったの?」
「え、えと、ボーッとしてた…」
本当は銀八に見とれていて今もただ余韻にひたっていただなんて、口が裂けても言えなくて。
「ふーん。あ、名前ちゃんって日直じゃなかったの?」
「え?あ、行かなきゃ!」
ボーッとしていた頭が一気に目が醒めたみたいにガタッと立ち上がると、お妙に行ってくると告げて慌ただしく教室を後にする。早く彼に会いたくて、彼女は国語教科室まで全力疾走した。
(( 先生の冗談 ))
―ガラッ
「失礼します!」
「おぉ、名字。何か無駄に早いじゃないの」
そんなに息まで切らしてさ、と付け加え、彼は彼女のもとへ歩み寄る。
「今日はどうした?朝から俺ばっか見てて、何か訴えたいことでもあっかのか?」
また煙草を銜え直し、ちなみにこれは煙の出るキャンディーだからね、と適当なことを言ってごまかそうとしていた。
「いや、ボーッとしてただけですよ!」
「ふーん?なら良いけどよ、」
ニヤリと口角を上げる。
「遂に俺に惚れちまったのかと思ったよ」
「…?!」
先生の冗談にしては言い過ぎだが、彼はサラっとこういったことを言ってくるので、嘘か本当か見当もつかない。彼女の顔も自然と赤くなる。図星なので当然なのだが、ドキリとして身体中が熱くなったのを感じた。
「そ、そんなことないですよ」
「はいはい、吃ってるし」
にやにやと笑ってさらに近付いてくる彼に動揺し、下を向いてしまう。
「なぁ、本当のこと言ってみ」
「…っ、」
顔を覗き込んでくる彼に、視線を泳がせることしかできない。
「あ、あの、わたし…」
「ぶふっ」
「…?」
何か言葉を続けようと話題を探していると、彼は突然吹き出す。さらに上を向いて彼を見ると、肩を揺らして笑いを堪えていた。
「お前ほんと可愛い奴」
「え、」
「冗談だから本気にすんなって」
ポンポンと頭を撫でられ、ますますカァッと赤面する。冗談を本気にしてしまい、ひどく動揺してしまった自分が恥ずかしすぎて。その反応に彼がドキッと肩を揺らしたのもまた事実で。
(え、ちょっと、何その反応…)
「名字…?」
「冗談でそんなこと言わないで下さいっ」
キッと睨みつけ、黙り込む彼女。彼は頭を掻いてから、少し考えたように言った。
「…じゃあ、本気だったら何て言ったわけ?」
「な、また冗談言って…っ」
「冗談じゃねぇよ」
いきなり真面目な顔で顎を掴まれ、彼女は思わず目を見開く。彼との距離がすごく近くて、もう鼻と鼻が付きそうなくらい。
「せんせ…」
「なぁ、名字」
睫毛を見せ付けるかのような伏せ目。それがとても色っぽく大人っぽく見える。距離がまた少しだけ縮まり、キスしてしまうかのように見えた。吐息がかかる距離で、低い声で囁くように。
「そろそろチャイム鳴るから戻りなさい」
「…へ?」
彼女がキョトンと目を丸くした瞬間、彼はパッと身体を離した。そして何事もなかったかのように頭を掻きながら怠そうにサンダルを突っかける歩き方。
(また冗談だった…?!)
一気に恥ずかしさが込み上げてきて、彼女は赤くなった顔を隠すかのように背を向ける。
「し、失礼します!」
「おー」
急いで出てこうとする彼女の背中を見つめ、彼は手を口元に置いて微かに赤くなった顔を隠すようにした。
「じゃあ名字、また放課後ここに来いよ」
「はい…」
短く返事をして、すぐにドアを閉めてしまう。自分を落ち着かせようと深呼吸をしたら力が抜けてきて、彼女はその場に座り込んだ。
(先生、かっこよすぎるよ…)
そのドアの向こう側で、顔を真っ赤にさせて余裕のカケラもなく、自分を抑えようと頭を掻きむしっている彼を知るはずもなく。
END
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からかうつもりだったのに煽られちゃう先生。予鈴前なのに教室へ帰すのは余裕がなくなっちゃったからです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20111011
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