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(( 偽りの恋愛 ))




日曜日。
鏡の前でせかせかと服選びに励む彼女を、勇介は冷めた目で眺めながら頬杖をついていた。
「ど、どうしよう!何着てこう!?」
「知らねえよ!」
午前7時。1番眠い時間帯だというのに叩き起こされ、部屋につれてこられて。さらには自分には全く関係のない、彼女と中村の今日のデートの服を選ばされていたら、怒りたくなるのも無理はない。深くため息をついて見せると、彼女は申し訳なさそうに彼の顔を覗き込んだ。
「ね、ねぇ、勇介?」
「何だよ」
「これとこれ、どっちがいいかなあ…?」
「…………」
イラッとして睨みつければ、眉を下げた彼女の顔。こんな顔、滅多に見ない。
「何でそんな必死なんだよ。いつもみたいにテキトーに着てきゃいいだろ」
「そう、なんだけど…」
彼女の頬がほんのりピンクに染まる。
「中村くんには、さ……か、可愛いって、思われたいじゃん…?」
「…………」
病気なのではないかと思い、彼は彼女のほっぺを摘んでみる。
(誰この乙女…)
彼の手から逃れようと、いやいやと首を振りながら手を重ねてくる彼女。いつもは強気のくせに今日はこんなに大人しく頼み込んでくるなんて。
(どんだけ好きなんだよ…)
パッと手を離し、そのまま淡いピンクのシャツを指差した。
「そっちの服のがいんじゃね?」
「勇介…!!!」
ありがとうと一言言うと、彼女はすぐに服を脱ぎ出す。
「ばっ…」
ぎょっと目を開く彼をよそに、もう下着姿の彼女。
「ここで着替えんじゃねええええええっ!!!!!!」

***

「お待たせ!…待った?」
小走りで近づき、中村を見上げる。彼はにこっと微笑み、彼女の頭にぽんと手を置いた。
「待ってないよ、俺も今来たとこ」
刹那、きゅんと胸が締め付けられる。学校では見たことのない私服、表情。今日1日自分が独占できるのだ。
(はあ…もう!笑顔が天使!)
「名字、」
「え?」
にやにやと口角を上げていたら突然感じる手への感触。ごつごつしてて大きくて。
「っ、な、中村くんっ」
それは紛れもなく彼の手。そっと重ねる彼は恥ずかしそうにはにかんでいる。
「デートなんだから、これくらいいいでしょ?」
余裕そうに見えても赤面していて、そんな彼にますますきゅんと胸を高鳴らせる。
「う、うん。行こっか」
そっと握り返すと、彼は少しだけ笑みをこぼした。

***

気づけばもう夕方。買い物をしたりプリクラを撮ったりクレープを食べたり散歩をしたり、充実した1日だった。
「あーあ、楽しかった。なんか帰るのが寂しくなっちゃうね」
クスッと笑って彼を見上げると、彼もまたクスッと肩を竦めた。
「だね。…俺ん家ちょうどこの近くなんだけどさ、ちょっとだけ寄ってかない?」
「え?」
意外な誘い。今日1日で色んな彼を発見できたが、もしかしたら自宅ではもっと意外な彼を発見できるかもしれない、と彼女は誘惑に揺れる。となると答えは1つで。
「行く!行きたい!」
「はは、いい返事。すごい散らかってるけどね」
笑顔をこぼしながら誘導され、すぐそこにもう彼の家。
(本当に近くだったんだ…)
鍵を開ける彼を見ながらボーッとそんなことを思うと、トン、と背中を押された。
「ほら、入りなよ」
「あ、う、うんっ」
(だめだ、すごく緊張する…!)
ボーッとしていたことに赤面しつつ、怖ず怖ずと足を入れる。
「お邪魔しまーす…」
「はは、そんな緊張しなくても誰もいないって」
「あ、そうなの?」
ホッと緊張を解くと、彼はにっこり笑って彼女の顔の真横にトンと手をついた。壁と彼の体でサンドイッチ状態の彼女はきょとんと目を開いてから顔を真っ赤にさせる。
「な、中村くん!?」
「ふっ、やっすい女」
「…え?」
煩く鳴る動悸に動揺していると、彼は口元を不敵に歪ませて。
「中学生のデートじゃねえんだからセックスなしで帰ろうなんて勘弁だぜ」
その目はギラリと光っている。いつもと違う口調、声のトーンに彼女はますます動揺を隠せない。
「え?え、中村く…、」
刹那、言葉に被せるように強引に奪われた唇。乱暴に唇を割られて入ってくる舌を感じ、やっと今の状態を理解した。
「ん、んんん!」
いやいやと首を振れば彼は不機嫌そうに眉を顰めて顔を離す。
「抵抗してんじゃねえよ!てめえみたいな女、体しかいいところないんだから大人しくヤられてろ」
「なっ…!?」
思わずカッとなって漏れた彼の本音を聞き、ぐさりと胸を抉られた。本気で恋愛をしていたのは彼女1人、彼は性欲処理としか見ていなかったのだ。喉がきゅううっと苦しくなり、ぽろりと涙が流れた。抵抗を止めた彼女ににやりとし、彼は彼女のシャツに手を掛けた。
「手間かけさせやがって、ビッチかと思ったら純情気取りやがるからここまで連れてくるのにどんだけ苦労したと思ってんだ」
ボソリと呟かれた、それ。彼女は泣きながら最後の抵抗だと彼の股間を思いっきり蹴り上げた。当然のようにその場に倒れる彼。怒り任せにもう1度背中を蹴り、彼の家から逃げ出した。
「2度と顔見せないで!最低男!」

***

(あー、最悪。中村くん、あんなに素敵な男の子だったのに。優しくてスポーツマンで純情でかっこよくて、それに、好きって言ってくれたのに。全部嘘だったのに。中村くん完璧すぎて分かんなかった。本気で好きだったのに、中村くんはほんの少しも私のこと好きじゃなかったってこと?誰でも良かったってこと?)
悶々と考え込む帰路。辺りはすっかり暗くなり、足取りが重い。明日からどんな顔で学校へ行こう、なんてぼんやりと考えながら、ふと目の前の小さな明かりに気が付いた。
もう自分の家の前まで来た。が、その少し手前に小さな明かり。それは誰かが携帯を開いている光で。
「お、名前」
パタン、という音と共に明かりが消える。携帯をポケットへ入れると、彼はこちらに歩いてきて彼女の頭の上に手を置いた。
「ゆう、すけ…?」
「遅えよばーか。嫁入り前の女がこんな時間まで…、」
「ゆうすけ…っ」
いつも通り過保護な彼。親のような小言を聞く前に自然と涙がこぼれた。帰ってこれたという安心感、恐怖と緊張から解放された安堵からか、それとも裏切られたショックからか。ぼろぼろと泣き出す彼女に、彼はギョッと目を見開いた。
「なっ、どうした!?何かあったのか!?」
「何もない、けど」
「は?何もないってお前、」
声が震えている。彼はハッと息を飲んだ。シャツの第2ボタンまでが飛んでいる。よく見ると目も真っ赤だ。
(今日一緒にいたのは中村だし、こういうことになる相手はあいつだけだよな…)
今朝の彼女を思い出す。本当に幸せそうに笑っていた。彼は思わずギリッと奥歯を鳴らし、彼女の腕を強引に引っ張った。
「え、ゆう、何!?」
「うっせえ」
ぎゅうと腕の中に包み込む。彼女は驚いて離れようとするが力を入れた彼がそれを許さず。
「今はこうしてろ」
「………うん」
暗い夜、辺りには彼女の嗚咽が小さく響いた。



To be continue...
20120711
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