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※グロ注意




──こんなにこんなに好きなのに、彼女は目の前で。



潰される音などしなかった。ただ彼のすぐ目の前を通り過ぎる電車の音に掻き消され、彼女の弱い声は耳に届かなかった。突然すぎる出来事に彼は彼女に手を伸ばすことも出来なくて、彼女が電車に轢かれるのを眺めていただけだ。
ぶしゅう、と血が飛び散る。動脈を切ったのか彼の顔にまでびしゃりと跳ねた。どろりとしたその中には、小さな肉片も交ざっている。

「…え…」

小さく喉から声が漏れた。
先程まで隣を歩いていた彼女が、原形も留めないくらいにぐしゃぐしゃになっているのだから。

「……え…、」

内臓が引き摺られ暗い赤に染まる線路。肉片は色んなところへ飛び散り彼の足元には人差し指が転がっていた。
何故突然、と目の前が霞んだ。大切な人が、愛しい人が、目の前で突然死んだなんて。

暫く突っ立っていたら、空から人が降りてくる。否、人ではなく、それは鬼だった。到底有り得ない出来事だが、彼は驚くことも無くそれを見ていた。その鬼は、つい最近まで自分と一緒に冥界で働いていた鬼だったのだから。

「何やってるんですか、大王」
「……鬼男くん…」

力の無い声。呟くように口から漏れたそれに鬼男は深いため息を見せ、彼の腕を引っ張った。

「さあ、戻りますよ」
「…なん、で…」

彼女を亡くし放心状態に近いのだから無理も無いが、鬼男は彼の頭を強く殴りつけて意識を戻させる。

「何寝ぼけたこと言ってるんですか。あなたは閻魔大王でしょう」

今更のことだ。しかし、彼はそれを忘れかけていた。下界の女に恋をし、冥界をほったらかしにして勝手に降りてきたのだから。その上人間の姿に成り済まし、彼女に近付いた。それは閻魔大王としてとっていい行動ではないはずだ。

「さあ、戻りますよ、冥界に。閻魔庁は大王がいなければ開けません」
「俺…」

話したいが単語しか出てこない。それ程までに彼女の死がショックだったのだ。ぐしゃぐしゃになった死体をもう1度見て、鬼男へ視線を投げる。鬼男はふるふると首を横に振った。

「死んでしまったものは仕方ないです。それに、大王の方が死体を見慣れているはずだし。そんなにショックを受けなくても良いでしょう、こんな人間1人で」

魂だけはいずれ冥界に来るのですから、と付け足し、ぐいぐいと彼の腕を引っ張った。痺れを切らし、さっさと戻るぞと言わんばかりに。




無理矢理連れられて来た閻魔庁。懐かしい気もするが、できれば戻ってきたくなかった。目の前に並ぶ行列を、ただぼんやりと眺めていた。

「…大王、早く」

小声で鬼男がそう呟く。本人は聞いているのか分からない。目の前の死者達にバレないよう、もう1度口早に言った。

「大王早くしろ、仕事中だぞ」

にやりと笑うのに目は虚ろ。彼はくすくすと笑って肩を揺らした。

「地獄、地獄、地獄、こいつも地獄、その次も地獄、地獄、」

狂ったように言う彼に死者達は少したじろいだ。彼は死者達の顔なんて見ていない。かと言って資料で判断しているわけでもない。ただ宙を見詰めて地獄と呟くだけだった。

「大王、ちゃんと下しているんですか…?」

それにしては今日は地獄へ行く者が多過ぎると言いたげな鬼男に、喉の奥からくっくと笑って見せた。

「みーんな地獄でいいじゃん。苦しんで憎んで狂えばいいんだよ」

心底楽しそうな顔。鬼男は目を背けることしかできず。

(遂に狂ったか…)

無理矢理引き戻したのが悪かったのかもしれない。眉間に皺を寄せながら、彼の判決を黙って聞いていた。

そもそも冥界に彼の自由など無い。だから下界の人間に憧れを抱いていたのかもしれないが。もともと彼は此処で延々と働かなくてはならなかった。それなのに下界の女に恋をし人間に成り済まして近付き冥界を放置するから、その女を抹殺されてもおかしくない。人間の命なんかより彼が冥界にいないことの方が問題なのだ。彼を連れ戻すために女を抹殺したということは、もう彼には気付かれているだろう。いくら事故死に見せ掛けても、あんなに急に死んだのだから。
鬼男はきゅうと目を閉じて部屋を出ようとすると、突然彼がぴたりと止まった。彼に目をやると、目を見開いて行列を見詰めている。鬼男も直ぐに行列を見た。理由が一発で分かってため息が漏れる。

先程線路で轢かれた女が居るのだ。

彼が人間に成り済ましてまで手に入れたかったその女。彼は余裕を無くす。

「名前…ちゃん…?何で此処に…」
「嘘…まさか閻魔って、閻魔大王だったの…!?」

顔が青くなる彼女に心が潰された。やはり閻魔大王と人間なんて、関係が作れるはずもないのだ。

「そっか…名前ちゃんは死んじゃったんだっけ」

先程までの嘲笑うような顔ではない、愛しい人に見せる優しい笑顔をする彼に、彼女はふるふると首を振る。

「やっ、やだ…あんたなんか知らない…っ」
「ねえ、名前ちゃん」

細めた目がだんだん開いていく。そこには“閻魔大王”の燃え上がるような深紅の双眼。

「君、地獄ね」

優しい声色なのに冷酷な眼で、彼女は後退さった。

「地獄に居れば、俺と毎日会えるからね」

下界に居た頃よく彼女が可愛いと言っていた八重歯を見せ、カタンと席を立つ。恐怖で身を固めてしまった彼女の許へ行き、人目も気にせずに抱き締めた。

「今日から名前ちゃんに、毎日愛を与えてあげる」

地獄という判決を下したということは、これから彼女に苦痛や恐怖や痛みしか待っていないというのに。不安のあまりぽろぽろと涙を流す彼女の頭を優しく撫でて、彼は笑顔で鬼男に告げた。


「鬼男くん、首輪持ってきて」


(さて、これから愉しい地獄生活だ)




END

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今回は病みというテーマで書かせていただきましたが…どうなんでしょう?私的にはまだまだ病んでても良いのかな、とか、暴力表現や流血表現を入れた方が良かったのかな、とか、不安でいっぱいです。もともと閻魔が病みキャラで有名ですから(あと妹子もかな…)、まだ病み度が足りないよ!という方はごめんなさい。ぐだぐだなのは相変わらずですが、見逃していただけると嬉しいです…。まだまだ力不足な私ですが、これからも少しでも皆様に素敵な夢をお届けできたらと思います。これからもよろしくお願いします。

2011.01.09.
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