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夕方、彼女は呼び出しを受けていた。彼の家は向かい側にあるので小さい頃から遊びに行ったり来られたりよくしていたが、こうして改めて呼び出されるのは考えてみると初めてなのかもしれない。
“話したいことがあるから俺ん家来てくれ”
そんなメールを貰い、指定された時間に彼女は彼の家へ行った。すっかり見慣れた家も、何だか緊張する。話したいこととは何だろうとどきどきしていた。家には誰もいる気配もなく、彼女は彼の部屋へ向かった。

「…翔ちゃん?」

かちゃ、と彼の部屋のドアを開ける。彼は床に寝転びながら漫画を読んでいた。大好きなケン王だ。

「おう、来たか」
「うん、どうしたの?」

彼は彼女に気づくと体を起こし、漫画を置く。彼女はどきりと胸を跳ねさせた。幼なじみとは言えいつもは彼と彼の双子の弟と3人で会うことが多いからだ。彼女は小さい頃から密かに彼に想いを寄せていたが、彼の弟がいつも一緒にいたので進展らしい進展がなく、恋人になるどころか告白のタイミングすらなかったのだ。しかし今日はこうして2人きり。慣れない雰囲気に彼女の心臓は暴れっぱなしだ。

「まあ座れよ」

彼は自分の隣をとんとんと手で叩く。彼女は緊張しながらもおずおずとそこへ腰を下ろした。

「で、話って?」
「そんな急かすなよ。…まぁ、そうだな、単刀直入に言うぜ。お前が好きだ」
「うん。…うん?」

今日の夕飯の話をするかのようなナチュラルさで言われた突然の告白を、彼女は流しそうになってしまう。まだ部屋に来たばかりでムードも何もない。彼は右手でそっとケン王の表紙をなぞっていた。

「、え」
「だから、お前が好きなんだって。何度も言わせんな」

照れたように唇を尖らせて彼は彼女から視線を逸らした。彼女は彼を視線で追う。

「急に、え、」
「前々から思ってた。タイミングがなくて言えなかったけど。…別に彼女になってもらえるとは思ってねーよ、ただ言いたかっただけ」

視線を逸らされてしまったので彼の真意を読み取ることができない。が、彼女は慌てて言葉を重ねる。

「わ、私も好き!」

刹那、彼の目が大きく開かれてこちらに向いた。

「ほん、とか?」
「ほんと。ずっと、好きだった」
「まじで?嘘だろ…超嬉しい!」

彼は喜びの余り彼女に勢いよく抱き着いた。生まれてきてからずっと一緒にいたがこんなに熱い抱擁は初めてで彼女は動揺する。とくんとくんと心臓の音が聞こえてしまうのではないかと焦ったが、よく聞いてみれば彼の心臓も暴れていた。

「はぁ…名前、すげー嬉しい…」
「うん、私も。まさか翔ちゃんが、」
「あぁ。だけど、さっきも言ったけど、彼女になってもらおうなんて思ってねえ。彼氏になろうとも思わねえ」
「…、え?」

彼が今どんな顔でそんなことを言っているのか、彼女は眉を顰めながら想像し、聞き返した。彼は彼女の頭の後ろに手を添え、彼女の耳元で緊張しているように吐息を漏らした。

「俺、春から東京行く」
「…」
「アイドルになりてーんだ」

何故今そんな話をするのだろうとぼんやり考えた。彼女は思わず彼の服を摘む。

「何言って…、」
「前々から思ってたんだ、薫にも全部話す。…そろそろ時間か」

彼は彼女を抱きしめながら時計を見上げていた。




(( アイドルの彼女 ))




彼が呟いてから間もなく薫が部屋に入ってきた。薫はとても楽しそうな顔をしていて、絶望的な表情の彼女とは正反対だ。

「翔ちゃんただいま!メール見たよ、話ってなぁに?」

部屋に入ってくるなり薫は彼にべったりだ。彼は鬱陶しそうにそれをかわして表情1つ変えずにさらりと言葉を吐く。

「薫、俺東京行くことにしたから」
「え…?何で?」
「アイドルになりてーんだ。かっこいいだろ」

ニカッと笑う彼は確かにかっこよかったが、彼女は視線を床に落とした。何も言わない彼女とは対称的に薫はすぐに口を開く。

「何でアイドルになるの!?無理に決まってるよ!!」
「はあ?俺様に無理なことなんてあるか」
「あるよ!大体、そんな体でアイドルなんか、っ」

薫の言葉に彼女もハッと顔を上げた。彼は心臓に病気を抱えているのだ。普段は元気なので忘れてしまうくらいだが、発作は定期的に訪れている。

「そうだよ翔ちゃん、薫ちゃんの言うとおり。そんな体でアイドルなんか無理だよ」
「うるせー、やってみなきゃ分かんねえだろ!」
「分かるってば!翔ちゃんはいつもそうじゃないか、僕たちがこんなに心配してるのに!」
「心配しなくていいんだよ、大丈夫なんだから」
「だって翔ちゃん、もしものことがあったらアイドルになる前に死んじゃうんだよ?」

薫の言葉に彼女は体を強張らせる。彼の死の話はタブーのはずだ、それだけ本気で心配して止めようとしているのだろう。しかし彼女は頭を殴られたような衝撃だった。彼がこの世からいなくなるなど考えられないからだ。

「薫、いい加減にしろ。俺はなんて言われようとアイドルになる。俺、皆を元気にしたいんだ。俺みたいな病気がちな奴だって元気にしてやりたい、そんなアイドルになりたい」
「元気にする前に自分が死んじゃったら?それでもしたいの?」
「あぁ」

いくら止めようとしても彼の目は本気も本気。薫はカァッと熱くなる。

「っ、もう知らない!翔ちゃんの分からず屋!」

薫は勢いのまま部屋を出ていった。彼は悲しそうにそれを眺めている。彼女はただ静かに涙を流した。

「翔ちゃん、死んじゃやだよ…」

ぼそりと呟かれたそれを拾い、彼は彼女に視線を向ける。静かに流れる涙に目を細め、彼女の頬に指を伸ばした。

「死なねーよ」
「だって…」
「俺はぜってー死なねぇ」
「…、私に会えなくなっても行きたいの?」

彼女の頬に流れる涙をぐいっと拭ってやるが、止まない涙でまた濡れた。彼は笑顔を浮かべている。

「長期休みには帰ってくるよ」

眉はつらそうに歪められているのに安らかな笑顔だ。彼女は言葉を失い、肩を震わせて泣いた。彼の腕が彼女の体を引き寄せる。

「…ずるくてごめん」

ぎゅうと背中に回る腕の力はとても強くて彼女は息が止まりそうになった。そのまま彼は何度も彼女の頬にキスを落とす。

「俺がアイドルになったら彼女になってほしい。でも、今はまだ……ここはそんときにとっといて」

彼はそう言って彼女の唇を指で優しく触れた。彼の声は震えていたが、あまりにも強く抱きしめられていたので表情は読み取れない。彼女は腕の中で小さく頷いた。





受験に合格しなければと何度も願ったが、さすがやるときはやる男、余裕で合格してSクラスへ入った。薫もついていこうとしたが受験日に体調を崩し、それでも何とか姉妹校に入学。彼女だけが地元へ取り残された。

薫が随時報告メールをくれるが、これといって目立った変化はなく彼は元気にしているらしい。それどころか彼はパートナーと仲良しこよし。彼女は何だか煮え切らない思いを抱いていた。

(私のこと好きって言ったくせに)
(翔ちゃんが元気ならいっか)
(私は待っててもいいのかな)
(私のこと、忘れちゃった?)

夏休み、結局彼は帰ってこなかった。








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大変申し訳ありません。お返事のときにも言いましたが、私は切ないのがすごく苦手です。やはり切ないものは思いつかなかったりキャラを動かしにくかったりするのが主な原因です。

中途半端なところで終わるともやもやすると思います、すみません。このあとに考えていた設定をざっと言いますね。


長期休暇は帰ると言っていた翔が帰らず、主は1人もやもや→「私のこともう好きじゃないのかな」みたいな→翔はアイドルになりたくて会いたかったけど必死に我慢して練習→どんどん積み重なって主の不安をいっそう煽る形に→やっと1年が経ち、翔が卒業→なのに帰ってこない→主「あの約束、なかったことにされるのかな」「パートナーと上手くやってんのかな」とマイナス思考→でも2ヶ月したら翔が急に帰ってくる→帰ってきても普通の雑談しかしない→「やっぱり幼なじみに戻ったんだ」と主涙目→そんな主に翔「お前今好きなやついんの?」→さすがにキレて「翔ちゃん以外見えなくて悪かったね!」と泣きながら翔の肩を殴る→翔がふわっと笑って「そっか」と一言→それ以上何も言わないから困ってるのかと勘違いした主がぼろぼろ泣くけど翔は笑顔でそれを拭う→それから翔が不意打ちのキス→涙引っ込む主をまた笑ってから「ただいま」って言う→キス=恋人って1年前の約束思い出して主号泣→「おかえり」って言いながらぎゅー→おわり


文章にできない力不足な管理人ですみません。お待たせしてしまったのに…!
今後文章力をもっと磨いて精進します。本当にごめんなさい。
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