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風邪を引いた。
やかましく鳴る体温計は未だ38.8℃を表示していて、激しい頭痛を続いたままだ。
「けほっ、」
彼女は気怠そうに立ち上がると、水分補給の為に、キッチンへ向かった。
(( 窒息死 ))
(ポカリあるかな…)
ケホケホと咳込みながら冷蔵庫を漁っていたら、当然の訪問者。
―ピンポーン!
何故今ここで?と恨みたくなる。
(誰なの、この辛ーいときに…)
彼女は喉を押さえながら玄関へ足を向かわせた。
「はーい…って、何だ…」
「ししっ、『何だ』はねぇんじゃねえの?」
(だって…、)
突然の訪問者は、彼女の恋人であるベルだった。しかし、恋人にこんなパジャマ姿を見せたくなかったし、風邪をうつしたくもない。そもそも、恋人であろうが何であろうが、今は辛いから話したくないというのに。
「…ん、私、寝る」
「王子が来てやってんのに生意気ー。ま、病人らしくて良いけどな」
そのまま寝室へ向かう彼女に、彼は大人しくついてきた。ベッドに横たわると、彼は彼女の額に手を当てた。
「まだそんなに下がってねぇな」
「ん、だから寝かせて」
「なら早く寝ろよ」
「…ベル、変なことしない…?」
「変なこと、って?」
訪問者がこいつだからこそ怪しい。何をするか分からないので、安心して眠ることができないのだ。彼は彼女の言葉にししっ、と笑って、彼女に一層顔を近づけてきた。
「…!し、知らないっ」
「ししっ、かーわい」
彼女は避けるかのように、頭から布団を被ってしまった。しかし、いざ寝るとなると暇になる。彼は何も言わずにベッドの横に椅子を持ってきて腰かけているが、とても暇そうだった。
「ねぇ、ベル…」
「ん?」
「……暇…」
「…何で俺に言うわけ?」
王子に何かさせる気かよ、と文句を言い、彼は不機嫌そうに笑った。
「ポカリ、持ってきて」
「あ?王子パシるわけ?」
彼女はコクンと頷き、『私病人なんだから』と勝ち誇ったような笑み。彼はチッ、と舌打ちした後、キッチンへ歩いていってポカリを持ち帰ってきた。
「ほらよ。王子使うとかありえねー」
「ありがとー」
それを飲む彼女を見て、彼はつまらなそうに口を結ぶ。
「俺に言うこときかせたんだから、お前も俺の言うこときけよ?」
「えっ、やだよ」
(だってベルの要望はいつもとんでもないやつだし…)
「ふーん?王子に貸しつくって良いのかよ」
「…!ダメ、絶対!!」
「は?」
(だってベルに貸しつくったら怖いもん…!)
ちなみに彼に貸しをつくると3倍返しになる。つまり今言うことをきいた方が全然良いというわけだ。
「じゃあ良いのかよ?」
「……うん」
不本意だが渋々頷いた彼女を見て、彼は一気に口角を上げた。
「そうだな…お前も辛そうだし、ちゃんと寝てろ」
「…え…?」
いつもの恐ろしい要求を待っていた彼女は、不意をつかれて彼を見上げる。
「ベルが、優しいとか…初めて…?」
「何お前、自殺願望とかあったわけ?」
それにすかさずナイフを取り出した彼を見て、彼女は慌てて布団に潜った。今度は彼女が暇だと感じないように、と彼は彼女から寝息の音が聞こえるようになるまで、ずっと頭を撫でてやっていた。
夜。
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ!
体温計を取り出すと、もうすっかり平熱に下がっていた。
「やった、熱下がったよ!」
「当たり前だろ、俺がついてたんだから」
(うん、ちょっとよく分かんないかなっ!)
彼女は笑顔で(勿論心の中で)ツッコミながら、彼にお礼を言った。
「ありがとね、ベル。今日1日、私寝てるだけだったのに」
「別に、お前だし」
彼はずっと彼女の頭を撫でてやっていただけで、本当に暇だっただろうに。彼の言葉に、彼女は微かに顔を赤らめた。
(私だけ、特別扱いって…何か嬉しいな)
照れ臭そうに俯いた彼女を見て、彼はニヤリと笑う。
「でも、わざわざ王子を付き合わせたんだから、それなりに何かあるんだよな?」
「え?」
そう言う彼の指はもう彼女の顎に絡んでいて。
(キスされる…?!)
「ちょっとベル、完治じゃないからうつっちゃ…、」
「うるせぇ」
それに付き合わせたわけではなく彼が勝手に看病をしてただけだ、と彼女が反論を唱えるのを黙らせるかのように、彼女の唇を塞いだ。
「んっ、…ん、む…っ」
いつもと違う、少し鼻声の彼女の声。鼻が詰まっていて息が吸えないため、深いキスに変わっていくことに苦しさを覚える。
「っん、ん〜〜…」
バシバシと彼の背中を叩いてみるがビクともしない。苦しさのあまり若干涙目にまでなったというのに。彼女から力が抜けていった頃に、彼はやっと解放してくれた。
「ッぷはあっ!」
それと同時に酸素を取り込む彼女に、彼は少し上機嫌になった。
「苦しかったろ?俺も今日1日、生殺しみたいで苦しかったぜ」
「知らないよ!私なんて、ほんとに死ぬかと思ったんだからっ」
キッとベルを睨めば、鼻で笑われる。
「俺の苦しさはこんなもんじゃねえっての」
そう言って彼は、彼女の上に乗ってきた。
「えっ、ちょっと待って、ベル?!」
後日、彼はしっかり風邪を引いた。
…なんていうのは勿論嘘で。
「何でベル、風邪うつんないわけ?」
「何でだろーな?」
「やっぱバカは風邪を引かないって、ほんと…」
―バキッ!
「王子だから、だろ」
彼女の言葉を遮るように壁を殴った彼は、満面の笑みで彼女の言葉を訂正した。
END
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文章書き友達から風邪ネタのお題が回ってきたのでそれを。風邪ってすぐうつるものなのでしょうか?名前様、お付き合いありがとうございました。
20110924
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