(1/1)




風邪を引いた。
やかましく鳴る体温計は未だ38.8℃を表示していて、激しい頭痛を続いたままだ。

「けほっ、」

彼女は気怠そうに立ち上がると、水分補給の為に、キッチンへ向かった。




(( 窒息死 ))




(ポカリあるかな…)

ケホケホと咳込みながら冷蔵庫を漁っていたら、当然の訪問者。

―ピンポーン!

何故今ここで?と恨みたくなる。

(誰なの、この辛ーいときに…)

彼女は喉を押さえながら玄関へ足を向かわせた。

「はーい…って、何だ…」
「ししっ、『何だ』はねぇんじゃねえの?」

(だって…、)

突然の訪問者は、彼女の恋人であるベルだった。しかし、恋人にこんなパジャマ姿を見せたくなかったし、風邪をうつしたくもない。そもそも、恋人であろうが何であろうが、今は辛いから話したくないというのに。

「…ん、私、寝る」
「王子が来てやってんのに生意気ー。ま、病人らしくて良いけどな」

そのまま寝室へ向かう彼女に、彼は大人しくついてきた。ベッドに横たわると、彼は彼女の額に手を当てた。

「まだそんなに下がってねぇな」
「ん、だから寝かせて」
「なら早く寝ろよ」
「…ベル、変なことしない…?」
「変なこと、って?」

訪問者がこいつだからこそ怪しい。何をするか分からないので、安心して眠ることができないのだ。彼は彼女の言葉にししっ、と笑って、彼女に一層顔を近づけてきた。

「…!し、知らないっ」
「ししっ、かーわい」

彼女は避けるかのように、頭から布団を被ってしまった。しかし、いざ寝るとなると暇になる。彼は何も言わずにベッドの横に椅子を持ってきて腰かけているが、とても暇そうだった。

「ねぇ、ベル…」
「ん?」
「……暇…」
「…何で俺に言うわけ?」

王子に何かさせる気かよ、と文句を言い、彼は不機嫌そうに笑った。

「ポカリ、持ってきて」
「あ?王子パシるわけ?」

彼女はコクンと頷き、『私病人なんだから』と勝ち誇ったような笑み。彼はチッ、と舌打ちした後、キッチンへ歩いていってポカリを持ち帰ってきた。

「ほらよ。王子使うとかありえねー」
「ありがとー」

それを飲む彼女を見て、彼はつまらなそうに口を結ぶ。

「俺に言うこときかせたんだから、お前も俺の言うこときけよ?」
「えっ、やだよ」

(だってベルの要望はいつもとんでもないやつだし…)

「ふーん?王子に貸しつくって良いのかよ」
「…!ダメ、絶対!!」
「は?」

(だってベルに貸しつくったら怖いもん…!)

ちなみに彼に貸しをつくると3倍返しになる。つまり今言うことをきいた方が全然良いというわけだ。

「じゃあ良いのかよ?」
「……うん」

不本意だが渋々頷いた彼女を見て、彼は一気に口角を上げた。

「そうだな…お前も辛そうだし、ちゃんと寝てろ」
「…え…?」

いつもの恐ろしい要求を待っていた彼女は、不意をつかれて彼を見上げる。

「ベルが、優しいとか…初めて…?」
「何お前、自殺願望とかあったわけ?」

それにすかさずナイフを取り出した彼を見て、彼女は慌てて布団に潜った。今度は彼女が暇だと感じないように、と彼は彼女から寝息の音が聞こえるようになるまで、ずっと頭を撫でてやっていた。





夜。

ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ!

体温計を取り出すと、もうすっかり平熱に下がっていた。

「やった、熱下がったよ!」
「当たり前だろ、俺がついてたんだから」

(うん、ちょっとよく分かんないかなっ!)

彼女は笑顔で(勿論心の中で)ツッコミながら、彼にお礼を言った。

「ありがとね、ベル。今日1日、私寝てるだけだったのに」
「別に、お前だし」

彼はずっと彼女の頭を撫でてやっていただけで、本当に暇だっただろうに。彼の言葉に、彼女は微かに顔を赤らめた。

(私だけ、特別扱いって…何か嬉しいな)

照れ臭そうに俯いた彼女を見て、彼はニヤリと笑う。

「でも、わざわざ王子を付き合わせたんだから、それなりに何かあるんだよな?」
「え?」

そう言う彼の指はもう彼女の顎に絡んでいて。

(キスされる…?!)

「ちょっとベル、完治じゃないからうつっちゃ…、」
「うるせぇ」

それに付き合わせたわけではなく彼が勝手に看病をしてただけだ、と彼女が反論を唱えるのを黙らせるかのように、彼女の唇を塞いだ。

「んっ、…ん、む…っ」

いつもと違う、少し鼻声の彼女の声。鼻が詰まっていて息が吸えないため、深いキスに変わっていくことに苦しさを覚える。

「っん、ん〜〜…」

バシバシと彼の背中を叩いてみるがビクともしない。苦しさのあまり若干涙目にまでなったというのに。彼女から力が抜けていった頃に、彼はやっと解放してくれた。

「ッぷはあっ!」

それと同時に酸素を取り込む彼女に、彼は少し上機嫌になった。

「苦しかったろ?俺も今日1日、生殺しみたいで苦しかったぜ」
「知らないよ!私なんて、ほんとに死ぬかと思ったんだからっ」

キッとベルを睨めば、鼻で笑われる。

「俺の苦しさはこんなもんじゃねえっての」

そう言って彼は、彼女の上に乗ってきた。

「えっ、ちょっと待って、ベル?!」









後日、彼はしっかり風邪を引いた。
…なんていうのは勿論嘘で。

「何でベル、風邪うつんないわけ?」
「何でだろーな?」
「やっぱバカは風邪を引かないって、ほんと…」

―バキッ!

「王子だから、だろ」

彼女の言葉を遮るように壁を殴った彼は、満面の笑みで彼女の言葉を訂正した。




END

--------------------

文章書き友達から風邪ネタのお題が回ってきたのでそれを。風邪ってすぐうつるものなのでしょうか?名前様、お付き合いありがとうございました。


20110924
(  )

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -