#1


 初夏の心地よい風が薫る爽やかな季節。
 今日はテスト明け初めての練習で、およそ二週間ぶりにボールの弾む明るい音が体育館に響きわたることとなった。
「お疲れさまでしたーーー!」
 こちらもほんの少し懐かしい挨拶の声。地面が揺れるような音が足裏から身体中へと共鳴し、その振動はじわりと疲れきった脳にも伝わった。この感覚だ、と旭は満足げに口元を緩ませた。



「ではではテスト後恒例のーー!」
 皆がコートの片付けをしていると、田中の一際大きな声が体育館に反響する。
「「お疲れさま会の時間です!!」」
 ピタリと声を合わせた田中と西谷。
 思わずその場にいた全員がそちらを振り返った。
「それ、お前らが言うのか」
 一番テストとはほど遠そうな面子を見つめつつ、大地が呆れた表情を浮かべるが、それを隣にいた菅原がなだめる。
 その中で一際目立った反応をしているオレンジ色の髪をして少年がいた。それはこのチームのMBである日向翔陽だ。
「なにっすか! それ」
 日向が目を輝かせて食いついた。
「そうか、一年は知らねぇのか」
 西谷がコソコソと耳打ちすると、日向の顔色がみるみるうちに興奮したものになる。
「すっげぇぇ!」
「……要はお菓子交換ってことデショ?」
 隣にいた月島には内容が聞こえてきたらしく、表情を崩さないまま言う。すると、田中がそうとも言う! と胸を張った。
「さぁさぁ皆さん、円になってくださいね!!」
 声を張り上げ、手を数度叩く。うるさいよ西谷、と皆文句を言いながらも、彼の指示通り小さな円になった。そしてその手にはちゃっかりと菓子袋が握られているのだから、本当に抜け目のないメンバーたちだ。


「では最後、縁下どーぞ!」
「ジャジャジャーーン!」
 西谷と田中が芝居じみた振る舞いで縁下を促す。
 そんなに言われると緊張するよ、と彼は背中の後ろに隠していた菓子箱を前に差し出した。
「おぉ、なんかお洒落っすね!」
 縁下の正面に座っていた山口が一番初めに声を上げる。
 そこにあったのは一口サイズのチョコレートの詰め合わせだった。山口の言うように、外観は洒落た洋風のデザインだ。
「家族がヨーロッパ旅行に行ってきたんだ」
 母親がバレー部の皆さんにどうぞって、と縁下が控えめに笑う。
「まじ、シャレオツ……! 影山、味見!」
「は? ちょ、!」
 田中の標的になったのは隣にいた影山らしい。影山の三つ隣、西谷と大地の間に座っていた旭にはどうしようもなく、それをただ見つめるしかなかった。
「ひとついただき〜!」
 それに便乗して西谷もチョコレートに手を伸ばす。包み紙を手早くはがしたかと思うと、あっという間にぱくりと口に放り込んでしまう。が、それを大地が見逃すはずもなかった。
(怒られるな、これは。)
「あっ、西谷! 体育館で食べるな」
 彼の大声に驚いた旭は、一度大きく肩を揺らしたものの、ハムスターのように頬を膨らませていた西谷の「まずい」という表情を見てすぐに肩の力を抜いた。
 ほら言ったものか。と心の中で旭は苦笑を漏らす。
 その数人挟んだ場所で、味見という名目により田中にチョコを放り込まれていた影山もビクリと肩を震わせた。
「お前たちなぁ…!」
「「す、すみません! 大地さん!」」
 西谷と影山の声が重なる。影山は完全に被害者なのに、この後輩は意外と素直なところがあるかわいいやつだ。
「すげーハモった!」
「田中ァァ!」
「さーせんしたっ!」
 ただ、その先輩は少々難ありかもしれない。


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