僕の好きな人の好きなひと。


 僕は翔ちゃんのことならなんでも知っています。

 好きな食べ物のこと。趣味のこと。毎朝欠かさず飲む牛乳の銘柄。毎週見ている連続ドラマのこと。まだまだた〜くさんあります。

 この学園で誰よりも、翔ちゃんのことを知っているのは僕です!

 …と言いたいんですけど、それは言いすぎかな。なんでも知っています、というのは語弊があるかもしれません。

 正確には、つい最近まで、僕は翔ちゃんのことならなんでも知っていると思っている、そう思っていたんです。けれども、それは大きな大きな勘違いでした。

 大好きな人のことはすべて知っていたいと思いつつも、僕はその事実から無意識のうちに逃げていたのかもしれません。

 だって、翔ちゃんの一番のお友達なのに、僕は……。




 僕は、『翔ちゃんが好きな女の子のこと』を知りません!


***


「翔ちゃん〜」
「ん、なんだ」

 翔ちゃんはテレビに映る日向せんせぇに釘付けで、僕の方を向かず、テレビ画面を見ながら、曖昧に返事をしました。

 翔ちゃんが食い入るように見ているのは、とある車のコマーシャル。

 颯爽と車から降りてきて、車の隣でポーズを決める日向せんせぇはとてもかっこいい。僕でも見惚れちゃうくらいです。ましてや日向せんせぇの大ファンである翔ちゃんは、その画面から目が離せないようです。

 時間にして十五秒と少し。翔ちゃんが日向せんせぇのことを大好きなのは知っていますし、僕だって日向せんせぇのことは大好きです。それでも、ちょっとだけヤキモチを妬いてしまいそうで。

「わり、那月。呼んだ?」

 CMが終わり、可愛い女優さんが画面に映ると、翔ちゃんはテレビから注意を逸らし、ベッドに胡座をかいたまま、少し上にある僕の顔を見上げました。

 ねぇ、ちょっとくらい翔ちゃんを独り占めにしたっていいですよね?

 誰ともなく心の中で問いかけると、なんだか「いいよ」と、返ってきたような気がしました。

「ねぇねぇ、翔ちゃん?」
「んだよ。焦らすなよ、珍しい」

 翔ちゃんはおかしそうに片眉を上げています。この表情も翔ちゃんの癖のひとつ。

「ぎゅーってしていいですか?」
「だめ。痛ぇもん」

 翔ちゃんに視線を合わせるために、ベッドのそばにしゃがみこんで、訊いてみたのに、すぐにきっぱりはっきりと断られてしまいました。

「痛くないようにするから、ね?」

 いつもなら確認なんてせずに、ぎゅってしてしまうけど、今日は少しでも長い間、翔ちゃんの瞳の中に映っていたくって、僕の唇は動き続けました。

「……なんだ、なんかあったのか?」

 いつもと違う様子の僕に気がついてのか、翔ちゃんはちょっとだけ心配そうな色を瞳に浮かべて、首をかしげています。

『翔ちゃんは優しいなぁ』

 翔ちゃんはいつだって困っている人を見捨てることなんてしない、とっても心のあたたかい人。

 僕はそんな翔ちゃんの様子に嬉しくなってしまって、ついさっき「だめだ」と言われたばかりなのに、翔ちゃんをぎゅっと抱きしめてしまいました。いつもと違うのは、痛くないように、優しく優しくって思ったこと。

「うわっ!」

 翔ちゃんがびっくりしたように肩の力を込める。けれども、僕が力を入れる気がないのがわかれば、その肩の力もずっと抜けていきました。

「ほんとどーしたんだよ、今日は」

 翔ちゃんが困ったように眉毛を下げているのは、お顔が見えなくても容易に想像がつきました。

「翔ちゃんとお話ししたい気分なんです!」
「いつもと一緒じゃん」

 「なんだそりゃ」と素っ頓狂な声を上げた翔ちゃんは、僕の腕の中で楽しそうにクスクスと笑っています。

 つられるように、僕も小さく笑いました。そしてふざけたように、いつもの台詞を言いました。口振りとは反対に、気持ちは本気の本気です。

「僕、可愛い翔ちゃんがだ〜いすきですよ」
「あー、はいはい。それ聞き飽きたから」

 翔ちゃんもいつものように、適当に返事をします。でも僕知ってるんですよ。僕が翔ちゃんに大好き!って言うたびに、翔ちゃんがすこーしだけ照れ臭そうにすること。

 そのお顔がとっても可愛くって、僕は一分一秒も翔ちゃんのことを見逃したくない、と夢中になってしまうんです。


 僕は、やっぱり翔ちゃんの好きな女の子のことを知りません。けれども、今すぐに知りたいとも思いません。

 目の前で翔ちゃんがいつもニコニコしていてくれるのなら、それが今の僕の幸せかなって。

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