I LIED TO YOU.(嘘つき少年)


 彼を見ているだけで、きらきらと世界が煌めいた。
 それがきっと恋の始まりだったのだろう。



「え、ツッキー。今なんて……?」
 言葉の続きは、砂浜に描いた文字が波によってかき消されてしまうように音もなく散っていった。さらさらと風が流れる音がして、ここがいつもの通学路であったことを思い出す。次の四叉路まで行けば、彼と別れを告げることになるだろう。月島は、帰宅路が別々になる直前に行動を起こしたのだ。
「何度も言わせないでくれる。……だから、好きな人できたんだって」
 はぁ、と大きなため息をつく彼は、どう見ても「恋をしているのだ」と数秒前に告白した人間には見えない。けれども、それは紛れもなく事実であった。
 ――好きな人ができた。
 月島の言葉は、山口の頭のなかで何度も繰り返された。繰り返すうちにそれが嘘になってしまえば良かったのに、幾度口のなかで反芻したところでその言葉が消えてしまうことはなかった。山口が何も言えずに立ちすくんでいると、月島のほうも歩みを止めて、再び口を開く。
「お前が言ったんじゃん。好きな人ができたら教えてって」
「言ったけど……」
 山口は、確かにそう言った。もう何年も前のことだ。そのときはほんの冗談のつもりだった。まさかその数年後、彼に対して本気の恋をするつもりなんて、当時まだ小学生だった山口の人生計画のなかにはなかったのだ。
「じゃあ話はこれで終わりね」
 月島は視線を前に戻して、止めていた歩みを進めはじめた。山口も数秒遅れてそのあとを追う。
「ねぇ、ツッキー!」
「……何」
 思わず彼の名前を呼べば、彼は振り向かないまま声だけで答えた。
「……なんにもない」
 けれども、まさか聞けるわけがなかった。――ツッキーの好きな人は誰? なんてこと。数秒のあいだに開いた距離は、あっという間にいつもの距離まで戻される。山口がいつものように隣まで行くと、月島の歩みも心なしか緩んだ。彼は優しいのだ。
 山口が苦しみと切なさをごちゃまぜにした感情を持て余していると、すぐ近くにある木の幹に止まった蝉が悲鳴を上げるように鳴きはじめた。思わず耳を塞ぎそうになった山口だが、その直前で届いた月島の声によって両方の手をはたりと止めた。
「……山口は好きな人いるの?」
「え?」
 月島の歩みは止まらない。背中を一筋の汗が伝った。あぁ、今日は暑いなぁ。空だってこんなにも青くって雲一つないや。……なんて現実逃避のようなことを考えた。しかし、それも一瞬のことだった。
「僕だけなんてずるいでしょ。お前はどうなの」
 月島が畳みかけるように問いかける。そんな月島の心情が知りたくて、山口はその横顔を見上げた。いくら見たところで、いつもと同じ表情をしている彼の横顔から、普段と違う感情を読み取ることはできなかった。
 山口は逡巡する。今の自分はどう答えるべきか、と。山口の答えは最初から決まっていた。
「……いないよ」
 彼についた、初めての嘘だった。
「あっ、そう」
 月島は、特に気にする様子もなく言った。山口は、もう一度だけ「うん」と答えた。
 ふと気が付けば、山口の一番は月島だった。一番長い時間をともに過ごしているのは彼。おそらく家族以外で山口のことを一番よく知っているであろう人間も月島だった。そんな彼に恋心を抱くのは、いわば必然であった。
 山口は、月島が好きだ。けれども、月島は山口からそんな感情を寄せられていることなど微塵も知らないだろう。
 ――だから。今すぐ殺してしまえ、こんな不毛な恋心なんて。殺してしまえ、壊してしまえ。そして、すべてなかったことにしてしまおう。
「もしも好きな人できたら、俺もツッキーに言うね! でもツッキーの好きな人ってどんな人なんだろう。ねぇ俺も知ってる子? 同じクラスかなぁ。それとも綺麗な先輩だったりするのかなぁ。あっ、それとも」
「……山口」
 不機嫌そうな月島の声が聞こえて、山口はにわかに口を閉ざす。それから一瞬だけ間をあけて、へらりと笑った。
「ツッキーごめん!」
「……別に」
 握りしめた手のひらに小さく爪を立てた。彼にばれてしまわないように浅く長く息を吸う。吐く。そして、もう一度吸い込んだ。そうすれば、生ぬるい空気が肺のなかをいっぱいに満たした。
「……うん。好きな人とうまくいくといいね。俺にできることがあったら言ってね」
「うん」
 にっこりと笑顔を張り付けて、胸に秘めていた感情を握りつぶす。
 未だ耳の奥で聞こえる蝉の悲鳴には、気付かないふりをした。


【終】
20150731校正済み

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