夜遊びごと


※同棲してます
※年齢操作有り
※黒夜久で主従関係というお題をいただいて書きました。



 
「ただいま〜」
 黒尾は見慣れた扉を開けて中に入り、そして後ろ手に扉を閉めた。
 ここは都内にあるマンションの一室。大学生の頃から互いの部屋に入り浸っていた黒尾と夜久は、互いの就職を期にマンションを借りて、ここで同棲を始めていた。
 夜久はルームシェアだと言い張っているが、黒尾としてみれば、恋人同士が一つ屋根の下で暮らしているのだ。同棲以外の何物でもないではないか、というのが持論だった。
 部屋の奥から夜久の「おかえり〜」と間延びした声が聞こえる。玄関にわざわざ迎えにくるようなことはしない。それは黒尾も同じだから特に気にしていないことだ。
 夜久はソファーで雑誌でも見ながらくつろいでいるのか、特に物音はしていなかった。それもいつものことだった。
 リビングへと続いている扉を開ければ、ソファーに腰掛けた夜久が首だけを後ろにやって、ニコリと笑顔を浮かべてくれるだろう。その笑顔を見られるだけで、一週間の仕事疲れも全て吹き飛んでいきそうだった。
 けれども、その日黒尾がリビングでその姿を見ることはなかった。何故なら、玄関で靴を脱いだ黒尾がネクタイを緩めようと手を伸ばしていると、部屋の扉がパタンと開いて夜久が顔を出したからだ。
「おかえりっ!」
 二カッと音がしそうなほど満面の笑みで迎えられる。
「お、おぅ? ただいま」
 黒尾が内心驚きながら、不自然な返事をしても、夜久はそんな黒尾の様子を気にするでもなく、黒尾が手に持っていた鞄を受け取ろうとした。あまりにも自然とそれをやってのけた彼に対して、黒尾もついつい鞄を差し出してしまった。
「今日、早かったな? 嬉しい!」
 黒尾の一歩先を歩く夜久がにっこりと笑いながら言う。
 ーーいったいどういう風の吹き回しなのだ? 
 黒尾は首を傾げる。高校三年間同じクラスで、しかも同じ部活で、高校卒業後に付き合い始めた黒尾達。付き合いが長いから、夜久のことは何でも知っているつもりだった。けれども、こんな彼を見るのは今日が初めてだった。
「どうした、鉄朗。疲れてる?」
 心配そうに顔をのぞき込んでくる夜久は、短い眉をちょっと下げていてまるで子犬のように見えた。
「なんでもねぇよ」
 たまらなくなって、夜久の頭を撫でると、彼は少し驚いたように目を見開いて、それからふわっと笑った。その様子を見ていると、黒尾も先ほどまでの困惑なんて忘れてしまって、なんだか今日は良い日だな、なんて脳天気なことを思い始めていた。
 その後ももちろん黒尾の幸福は続いた。
「今日はお前の好物つくったからな」
 夕食は、夜久の数少ない得意料理の一つであり、黒尾の大好物でもあるサンマの塩焼きだった。その間も夜久は楽しそうにニコニコと笑みを振りまいており、その表情につられるように口元を緩ませていた。
 夕食を食べ終えれば、すでに風呂が沸かされている準備の良さ。夜久はもちろん先に黒尾が入るよう勧めたが、それを断って夜久を先に入らせた。その間に夕食のお礼として洗い物をした。

 夜久のおもてなしはそれだけでなかった。極めつけは風呂上がりのことだ。
 黒尾がシャワーを浴びてから寝室へ行くと、先に風呂に入っていた夜久がそこにいた。彼がいることはわかっていたから、別にそこは驚くところではない。問題はその格好だった。
「も、衛輔さん……!?」
 黒尾の部屋着のTシャツ一枚だけを着て、ベッドの上でくつろいでいる夜久の姿があったのだ。普段はいくら言ってもそんな格好なんてしてくれないのに!
 入り口で固まる黒尾をよそに、夜久本人はひどく落ち着いたものだ。
「どう? 似合う?」
 夜久はベッドの上で立ち上がると、Tシャツの裾を引いて、黒尾に向かって首を傾げた。Tシャツの裾から伸びる真っ白で引き締まった脚に目を走らせてしまった黒尾はいたたまれなくなって思わず視線を逸らした。
 すると、少しトーンを落とした夜久の声が聞こえてきた。
「……黒尾が着て欲しいって言ってたら着てみたんだけど。
 やっぱ男がTシャツ一枚なんて趣味悪いよな」
 ベッドに腰掛けた夜久がしゅんと下を向いている気配がした。違うのだ! と黒尾は言いたくて顔を上げて、夜久を見た。
 夜久が着ていたのは、黒尾が特に愛用しているブラックのシンプルなTシャツだった。黒尾よりも幾分か肩幅の狭い夜久が着ているせいで、肩口の生地はだらりと落ちている。
 そこから覗く形の良い鎖骨を指でなぞれば、きっと夜久の肌はさっと桜色に染まることだろう。ゴクリと喉が鳴った。今日の夜久ならいつもは答えてくれない無理難題にも答えてくれるのではないか、という下心もあった。
 夜久の身体がベッドに倒れ込む。正しくは黒尾が押し倒した。急に身体が傾いたことで、夜久は驚いたように短い声を上げ、その様子に黒尾はもう一度ゴクリと喉を鳴らす。
 その瞬間、ニヤリと夜久が笑った気がした。
 そしてーー。気が付くとベッドのスプリングを背に受けているのは黒尾の方だった。
「は?」
「今日は手出しすんの禁止、な?」
 ニヤリと弧を描いた唇が小さく囁き、肩にかけていたタオルで両手首がきつく締められた。
 ーーあぁ、こういうことか。
 彼が上機嫌だった理由を今更悟り、もう逃げられないと思った。
 それと同時に、ほのかに朱色に染まった目元がすっと眇められるのを見て、心の奥がぞくりと波を立てたような気がした。

 その晩、行為の手綱を握ったのは、果たしてどちらだったのか。それは彼ら二人しか知らない。

【END…?】

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