#4


「ひい……っ! そんなところ触るなぁ……! 汚いか、ひゃっ!」
 生まれたままの姿の二人がベッドで言い争うさまはなんと異常な光景だろうか。まさか自分がそれを身をもって体験することになるなんて、数十分前の黒尾は予感すらしていなかった。
「もしかして自分で触ったことないのか?」
 性器に触れられることをやけに拒む彼を見て、黒尾は確信を持ちつつ問いかける。
「はぁ? 触るか! ボケェ! ……っ!?」
 なんということだろうか。つまりは自分は正真正銘、夜久のハジメテをもらうことになるのである。
 黒尾の口元に笑みが浮かぶ。それもそうだ。世界一大好きな人のものを全て掻っ攫いたいと思うのは人間の性である。それが叶うのであるならば、それ以上の歓喜なる瞬間などこの世にあろうか。
 亀頭に直接触れられて、夜久が悲鳴を上げる。けれども、黒尾の指先が与える違和感に気付いたのだろう。ハッとして、頬を染めている様子を見ればそれは明らかだった。
「どう? 気持ちいいだろ?」
「気持ちよく、ねぇし……っ!」
 目は口ほどにものを言うとはなんとも先人は素晴らしい言葉を残したと思う。
「でもすげぇ勃ってきてるけど。なぁ、お前ちゃんと保健の授業受けてた?」
 思わず彼の性に対する知識に不安を抱いて、黒尾は尋ねる。
「当たり前だろ……!」
 そっか、コンドームのこと知ってたくらいだしな。黒尾は心の中で思う。
「なぁ、だめだから。ほんと恥ずかしい……」
 真っ赤にした顔を両手で覆って、蚊の鳴くような声で夜久が言う。先ほどまでの威勢の良さはどこかへと身を潜めたようだった。だからその弱気な彼の弱みに付け入るように黒尾は聞いてみた。
「衛輔は俺に触られるのいや?」
 これは、我ながらずるい質問だと思う。
「いやじゃねぇけど……」
 予想通りの返事が返ってきて、ニンマリと笑いそうになるのを誤魔化した。
「じゃあこっち来てみ?」
 首を傾げながらも頷いた彼は自力で身体を起こそうとするが、それを制して、背中に手を掛けてやった。傷一つない背中はずっと触っていたくなるくらい綺麗だった。
 自分よりも幾分も頼りない腰を抱き上げ、その身体を自分の膝に乗せてやる。あぐらをかいた黒尾の上に夜久が跨がるようになり、先ほどよりも顔が近くなった気がした。絹糸のように繊細な睫毛の一本一本すら数えられそうだ。
「黒尾……当たってる」
 夜久は睫毛を伏せ、きょろきょろと黒尾の腹のあたりで視線を彷徨わせている。
「そりゃ当たり前だろ」
 ――興奮してるんだから。
「……」
 完全に俯いてしまった彼の耳は真っ赤だ。その顎を勢いよく掬って視線を攫った。今にも零れてしまいそうなほど水分を張った瞳は、やけに熱っぽい色を孕んでいる。情欲に濡れた双眸は、間違いなく世界一美しかった。
 そのキャラメル色を網膜に焼き付けるように見つめながらキスをする。彼がすぐに恥ずかしそうに視線を逸らしてしまうものだから、こっち向いて、と思わず囁いた。それだけで下腹部に当たる彼の象徴が熱を帯びるのがわかった。そして、自分の中にある一種の征服心がむくりと首をもたげたのも感じた。
 腹部に甘い蜜を垂らしている亀頭に指を絡めて、しっかりと指を濡らす。夜久が昔からくすぐったがりなのは知っていたが、それは情事においても変化することはないらしく、彼は黒尾の一つ一つの動きに反応して、可愛らしい吐息を聞かせてくれた。
 夜久は、懸命に声を抑えようと両手で口を覆ってみたり、黒尾の肩口に顔を埋めて声を飲み込んでみたり、と様々な可愛らしすぎる努力の欠片を見せてくれるのだが、そのうちのどれも功を奏することはなかった。
「こうやってさ、」
 夜久のものと自分のものを重ね合わせ、一緒に捌いてみる。
「……っ」
 夜久は震えるように黒尾の身体に自分の体重を預けていた。
「男同士でもこうやって一緒に気持ちよくなれんだよ」
 身体を繋ぐ方法だってある。けれども、黒尾はそれを選択しなかった。彼の全てのハジメテは時間をかけてゆっくりといただくつもりだ。まずはその一つ目をというわけである。
 互いの象徴は既に天を仰いでいる。黒尾は、裏筋を重ねるように擦り合わせ、二つの性器の隙間に指をすべらせた。
「はぁ……っ、なにこれ、黒尾……」
 呼吸が荒くなり、彼の様子に余裕がなくなる。未知の感覚に不安を抱きながらも、快楽に堕ちようとしている彼の姿はひどくこちらの情欲を誘う。
「大丈夫、そのまま流れに身を任せろ」
 黒尾が手を動かすたび、ぐちぐちと湿った音がする。夜久の右手がシーツを握り締めているのが見えたので、左手でそれを掬い上げた。
「……っっ」
 自分の性器を夜久のものにこすりつけ、彼の射精を促す。夜久のものは赤く腫れあがり、鈴口からつぷりつぷりと水滴が溢れ出していた。それを舐めとってしまいたい衝動にも駆られたが、流石にそれはやめておいた。
「一緒にするか?」
 自分のももに乗せられていた手を誘い出して、その真っ白な肌を欲望の雫で濡らす。黒尾の動作を真似て、懸命に指を動かす姿がいじらしかった。僅かに開いたままの唇からは熱い息が漏れている。
「黒尾、もうなんか、やばい……」
 眉を寄せて俯いた夜久の唇にキスをして、その官能を共有する。キスの間にも艶かしい吐息が漏れていた。よく知った高みを目指して、黒尾は手と舌を動かしていく。夜久もたどたどしいながらも、口付けに応えようとしてくれているらしく、絡まってくるその薄い肉の厚みがたまらなく黒尾を高ぶらせた。
 そして――。夜久がぴくりと身体を揺らし、ゆるゆると動いていた舌も動きを止める。何本もの銀糸が二人を繋ぐその隙間から、白濁液が緩やかな弧を描いて宙を踊る様子が見えた。夜久の鈴口から飛び出した液体が二人の手を濡らすのを確認してから、黒尾は自分もその上に欲望の種を幾千にも散らした。
「もりすけ……っ」
 夜久の身体の力がくたりと抜けた瞬間、朝にも感じた激しい痛みが後頭部を襲った。夜久の身体を抱きとめ、そこで黒尾の記憶は途切れた。

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