#2


「今日は皆よく頑張った。一人一人が最大限の力を出し切った結果だ。全国には行けなかったが、今までで最高のベスト4まで進んだ。まずはそのことを誇りに思って欲しい」
 猫又監督の言葉に皆が号泣していた。夜久も何がなんだかわからなくなるくらい泣いていた。ただ悔しくて仕方がなかった。
 キャプテン、と監督に呼ばれ、黒尾が前に出る。彼は一滴も涙を零している様子はなかった。いつ何時も気丈に振る舞う姿が彼らしいと思った。
「……俺達三年は今日で引退だ」
 改めてその言葉を黒尾から聞いて、それが与える重みを全員がそれぞれに実感した。
「全国へ行かせてやれなくてごめん」
 一瞬だけ、黒尾の表情が悔しさで歪んだ。けれども、それもすぐに主将・黒尾鉄朗としての表情の奥に隠されてしまう。
「だけど、絶対にお前達は全国へ行ける。行くんだ」
 黒尾は言う。最後には微かに笑みすら浮かべてそう言い切った。
 誰よりも全国行きを望んでいたはずなのに。彼は主将としてのプライドをもって、最後の瞬間まで後輩達には涙を見せなかったのだ。




 いつもなら賑やかな帰り道も今日はなんとなく空気が重い。
 こんな時、黒尾ならどうするだろうか、と考えて、夜久はようやく異変に気が付いた。
「おい、海。黒尾はどうしたんだ?」
 部室を出る時まで海の隣にいたはずの黒尾の姿が見当たらなかったのだ。
「忘れ物したから後から追いかけてくるって」
 海がそう言う。
 夜久には、黒尾の言葉が嘘であることなんてすぐにわかった。
 それはきっと海にもわかっていたはずだ。けれども、海は止めなかったのだろう。
 そして、今。自分がすべきことはたった一つだと夜久は理解していた。
「わりぃ、俺も忘れ物思い出した」
 黒尾と同じ言葉を繰り返した夜久のそれも、真っ赤な嘘であることくらい、海にはお見通しだろう。それでもやっぱり海は夜久を引き止めようとはしなかった。
「頼んだぞ、夜久」
 その代わり、海は僅かに赤らんだままの目尻を下げて言う。
 任せろ、と夜久が笑えば、ふわりと穏やかな微笑みが返ってきた。

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