#1


 ――今日、俺達の約三年間のバレー生活が終わった。

 20XX年一月XX日。午後――。
 高い体育館の天井を見上げれば、幾数ものライトが視界を奪う。外ではチラチラと雪が降っているというのに、体育館の中は熱気に包まれていた。
 シューズが滑り、そして止まる音。ボールが勢いよく弾む音。観客席からの鳴り止まぬ応援の声。夜久には、その全てが何処か遠くで聞こえているように感じられた。

 長いラリーが続き、互いに一歩も譲らない試合展開。ここでボールを落とせば音駒が負ける。
 ――そんなの嫌だ、負けたくない。
 選手達は必死にボールを追いかけ、攻撃を繰り返す。主将の黒尾がスパイクを打ち、相手チームのリベロがギリギリのところでそれを拾う。レシーブが僅かに乱れるが、そのまま球は、相手チームのセッターの元へ返っていった。
 それでも、相手の攻撃体勢はまだ完全に整ってはいない。
 ――強気に速攻か、それとも。
 夜久は疲労に霞み出す頭の中で必死に考える。
 試合において、考えることと身体を動かすことをやめた人間が負ける。まだ自分達は負けていない。だから……。
 夜久は腰を低く、レシーブの姿勢で構えた。
 相手のMBが跳ぶのとほぼ同時に、前衛にいる黒尾とリエーフが勢いをつけて跳ぶ。こちらのブロックは二枚だ。相手チームのセッターから真っ直ぐにボールが届き、それをスパイカーが打つ。空気を唸らすほどの威力を持って放たれるそれ。凶器にすら見えるそれは、ブロックに吸い込まれるかと思われたが、寸前のところで軌道を変え、リエーフと黒尾の指先によって上方向へと弾かれた。
 ――しまった、間に合うか!?
 着地した黒尾がいち早く視線でそれを追った。それは少し遅れて体勢を立て直したリエーフも同じだった。コート奥側では、既に構えていた夜久がボールを追いかけ、それに続いて福永、そして海もそれを追った。
 勢いよく弾かれた球は、鋭い軌道を描いて味方コートの奥へと突っ込んでくる。
 とにかく、セッター――研磨――のところへボールを返さなければ。ボールを拾わなくては。
 夜久は必死で走り込んだ。先ほどまで霞んでいた思考回路が嘘のように集中力は研ぎ澄まされ、ボールの動きがまるでスローモーションのように映った。
 けれども、追えども、追えども、悪戯にボールは逃げていく。夜久は最後の力を振り絞ってコートに滑り込んだ。

 そして。

 僅かこぶし一つ分の距離――。夜久の指先からすり抜けて、ボールはむなしく地面に落ちてしまった。

 ホイッスルが無情にも鳴り響く。
 そこで夜久達の高校生活最後の試合は終わりを告げた。




 音駒高校は結局、都内ベスト4入りを果たしたが、ついに全国への切符を手に入れることは出来なかった。したがって、悲願であったゴミ捨て場の決戦も実現されることはなかった。
 試合が終わった瞬間、部員達はぐらりと泣き崩れる。それは夜久も同じだ。
「……挨拶すんぞ」
 主将である黒尾の言葉で、皆がよろよろと立ち上がった。黒尾のすぐ後ろで立つ海も、泣き崩れこそしていなかったものの、強く下唇を噛み、こぶしを握りしめ、全身から悔しさを滲ませていた。
「ありがとうございました!」
 観客席で応援してくれた人達にも同じ言葉を告げた。


 そして、撤収準備をしながら、夜久は思った。
 もう俺達に次はないのだ。もう全て終わったのだ、と。

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