#5 解けぬ魔法


「黒尾、お疲れさまぁ……」
「それ、俺の台詞だから」
 情けなく笑った彼にそう? ととぼければ、楽しそうに笑う。
「つかもう名前で呼んでくれねぇの」
「やだ、恥ずかしいもん」
 そう言って背を向ければ、またするときに呼んでもらうから良い、と耳元に低い音色が注がれる。思わず肩が震えた。夜久が甘美な響きに身体を揺らしたのも、きっと黒尾にはバレていたに違いない。その証拠に剥き出しの背中に彼の軽い吐息がかかり、自分が笑われていることがわかったから。
 疲れた、とだけ彼に伝えて、その目前に回された腕に頬を寄せた。黒尾がその身体をくるりとひっくり返して、夜久を腕の中に閉じ込める。自然と閉じてしまうまぶたをそのままに深い眠りに落ちた彼はこの日人生で一番幸せな夢を見た。 
「俺さ、入学する前からお前のことが好きだったんだと思う」
 夢の中で黒尾がそう囁き、あの優しい表情で微笑んだ。
 ふわふわと頭に感じる心地よい感触は、夢かまことか。その答えを知るのは黒尾ただ一人だ。

【了】


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